顔隠しの林

第六話

「……ここまでわかったことを整理しようぜ」
と、龍樹が言った。



放課後。

町に流れる大きな川を見下ろせる、高台にある公園で、私達はジュースを片手にベンチに座って話すことにした。



「まず『顔隠しの林』の呪いは、貴子さんが朗読しているあの音声テープを聴かないと呪われない。でも聴いてしまったら、【アレ】が来る」



龍樹が言った言葉に対して、
「でもさ」
と、私はこう続けた。



「【アレ】が来るはずなのに、テープを聴いた私達の前に【アレ】は来ていない。どうしてなんだろう?」

「実は呪われていなかった説じゃね!?」

「……龍樹、あんたって結構怖がりだよね」
と、世奈が笑う。



「うるせぇ」
と言いつつ、龍樹も自覚しているのか少し笑い、世奈もつられてケラケラ笑う。



その隣で、私は考えていた。



【アレ】が畑 太助とタツ子の子ども達として、もしもそれが今、教室にいる山崎くんの正体であれば、山崎くんは【アレ】、つまり子ども達に会った可能性が高い。

放送を聴いたあの日。

山崎くんと私達に、決定的に違うことが起こったと考えられる。



違うことって、何だろう?

あの放送の日、山崎くんはふざけていて、失踪して、林の入り口で私達が見つけた。



(ふざけていた……?)



そうだ。

彼と私達の決定的な違い。

それは……。






「……顔を隠すこと」






「ん? どうしたんだよ、いきなり」

「世奈、龍樹。私、わかったかも。顔を隠す行為だ。だから、『顔隠しの林』なのかも」

「史花、順を追って説明してくんないと、私達にはわからないよ」



私は興奮で暴れ出した心臓を落ち着かせるために、ニ、三回の深呼吸をして二人に話す。



「あの音声テープを聴いたあと、山崎くんと私達で違うところがあったとしたら、それは行動の違い。つまり、顔を隠したかどうか」

「あー、あいつは落語の中の与太郎みたいに顔を隠しておどけてたもんな?」

「そう。その状態で林に行ったか否か。私達はそのどちらの行動も起こしていない。だから、呪いがかかっていても、完全な呪いじゃないんだよ」



「そっか」と、世奈が両手を打つ。



「史花、それ正解かも。林に行って失踪した六人も、ハンカチとかタオルとかで、顔を隠していた。顔を隠して林に行くっていうのが、そもそも危険なのかも」

「うん。貴子さんや世奈のお父さんも、林で【アレ】に殺されているもんね」

「……それだとさ、世奈のお父さんが貴子さんと同じ1999年に殺されていないことも、説明がつくよな?」
と、龍樹が言った。



「どういうこと?」



私と世奈の声がかぶった。



「同じタイミングで呪われていても、史花の言うように呪いを完成させる条件をクリアしてなかったとしたら、生き延びられるんじゃね?」



龍樹の意見に、「なるほど」と、世奈。



「顔を隠すことと、林へ行くこと。そのどちらも1999年のお父さんはしていないのかもしれない」

「世奈もだよね」
と、私は世奈を見る。



「世奈は世奈のお父さんが【アレ】に殺された時、そのどちらの行動も起こしていないんだよ、きっと。だから世奈も【アレ】に会ってない」

「そっか。私も【アレ】から逃れていたひとりだもんね?」

「……でも、鍵の役目っていうの、気になるよな」
と、龍樹。



私達はまた謎の渦に飲み込まれそうになり、頭を抱えて、
「本当に私達、【アレ】に会ってないのかな?」
と、世奈が言った。



「山崎だったら、オレらもう【アレ】に会っているよ」

「うーん、でも違うよ。山崎くんは【アレ】になりすまされてるんだよ」

「だから、山崎は【アレ】じゃねーの?」



世奈と龍樹は、首を傾げている。



「『顔隠しの林』の中の女は、畑 太助に殺された妻のタツ子なら、子ども達にもモデルはいると思うんだよね」
と、私は言う。



「それが、【アレ】の正体って話だよね」



世奈に私は頷く。



「じゃあさ、与太郎は? あの人は誰になるんだろう?」
と言った龍樹が、
「女はタツ子、墓の中の男は太助……。子ども達にもモデルがいるなら、与太郎にだってモデルがいるはずだろ?」
と、首を傾げる。



「わからない。貴子さんの先祖の事件のことも、落語の続きも、知っていないことだらけで……」
と、私が言うと、
「私、今、お父さんのノートを持っているよ」
なんて、世奈が鞄をがさごそと探った。



「お前、持ち歩いてんの?」

「龍樹、引かないで」

「いや、普通に怖いだけだし」

「それが引いてるってことじゃん」



龍樹と言い合いしながら、世奈はノートを取り出す。



「念のために黙読しようぜ」
と、龍樹が言うので、私達はノートを真ん中に置いて、みんな黙って続きを読んだ。



『与太郎になりすまして町でウロウロする子ども達に、八五郎と熊五郎は違和感を抱いていた』

『なんだって与太郎のやつ、あんなにヘラヘラしてやがるんだ?』

『いや、それはいつものことじゃねぇか? でもこの間はものすごく怒っていたぜ』

『珍しく意地悪な時もある』

『それより何より気になるのが、与太郎の奴、どう見ても背丈が縮んでやしないかい? まるで子どものようだぜ』

『よだれも垂れているし……。八っつぁん、いっちょ寺に行ってみないかい? 和尚さんに全て話して、何か良い策がないか知恵を授かろうぜ』

『八五郎と熊五郎は林のそばにある寺へ出かけ、和尚さんに話してみることにした。全てを話すと和尚さんは俯き、唸った』

『あんた達が与太郎さんに紹介した女は、あの〈顔隠しの林〉に住む妖怪だったんじゃろう』

『えっ? 妖怪!?』

『その与太郎さんとやらは、きっともうこの世にいないと、わしは思う。妖怪に顔を奪われ、なりすまされておる』



そこまでがこのページの最後の行なので、全員が読めたことを確認してから、世奈が代表してページをめくった。



「あれ?」



私達は顔を上げて、思わずお互いを見る。



「なんで!?」
と、龍樹。



「わかんない!! でも、これじゃあ続きが読めないじゃん!!」



世奈がそう言って、開いたページに再び視線を落とした。



そのページは真っ黒の墨か絵の具などで、見事に塗り潰されていた。



「世奈、この先はどうなるんだよ!?」

「私に聞かないでよっ、本当に知らないんだってば」



展開がわからない。

これでは、このノートをヒントに謎は解けない。



「世奈、龍樹。私達で調べよう」
と、私は言った。



「えっ?」

「貴子さんのご先祖、畑 太助とタツ子のことを調べれば……、ううん、その子ども達の存在を調べればいいかもしれない。とにかく、ノートだけに頼っていちゃダメなんだよ」

「……っ!」

「どうやって調べる? 検索したら出てくると思う?」



私がスマートフォンに視線を落とすと同時に、世奈が言った。



「ねぇ、この落語に出てくる和尚さんを探さない?」



「和尚さんって、架空の人物を?」
と、龍樹。



「違う。正確に言うと、和尚さんみたいに、知恵を授けてくれる人。例えば、畑 太助のお墓を守っている人とか。史花、調べてみて。林のそばにお寺ってある?」



私は頷き、地図アプリを開いた。

林原之町にはお寺が少ない。

中学の裏の林のすぐそばには、お寺はなかった。



「そばにお寺は、ない……。でもどういうこと? 太助のお墓をもう一度調べるの?」

「うーん、太助のお墓を……管理っていうのかな、とにかく墓守りしているお寺があれば、その太助について何か知っているかも。子ども達のこととか」

「なるほど。林に一番近いお寺でいいよ。ホームページとかある?」
と、龍樹。



私は頷き、あるお寺のホームページを開いた。

そのページのメニュー画面に、『霊園 墓地の紹介』と書かれてあるものを見つけた。

「これかな?」と、龍樹に見せると、龍樹が頷き、私に一歩近づいた。

『霊園 墓地の紹介』をタップすると、更に至近距離に龍樹が寄って来て、スマートフォンを覗きこんでいる。



こんな時に、ドキドキしてきた。

ふんわり、良い香り。

柔軟剤かな?



そしてふと、米田さんから龍樹への手紙の存在を思い出し、モヤモヤし始める。



(早く渡さなくちゃ)



そう思いつつ、渡したくない自分が確かにいる。

だから、ずっと鞄の中に入ったまま。



米田さんへの罪悪感の塊みたいに感じる。



「史花、世奈。見て、ここ。このお寺に行ってみようぜ」
と、龍樹。



龍樹が指差したスマートフォンの画面には、墓地の紹介として地図が載っていて、その中にあの林の一部も記載されていた。

それをタップしても、『紹介できません』と素っ気ない文字が表示される。



そのまま私達は目的のお寺に移動し、夕方の掃除をしていたのか、お寺の門の前でほうきを持ったお坊さんを見つけた。



「すみません。調べものをしていて、お話を伺いたいのですが」
と、龍樹が話しかけると、お坊さんは「何の調べものですか?」と、笑顔になった。



六十歳くらいの、穏やかそうな感じの人だった。



「あの、私達、林原之中学の裏手にある林で、お墓を見つけたんです」



私が言うと、お坊さんは目を丸くしてから少し咳払いをし、笑顔を消した。



「畑 太助とタツ子に子どもはいましたか?」
と、世奈が単刀直入に尋ねる。



「そんな核心をついたこと、いきなり聞くなよ」

「だって、これを聞きに来たんじゃん」



龍樹と世奈が小声で言い合っている。



「あのお墓が畑 太助のものだって、あなた方は知っているんですか?」
と、お坊さんは再び目を丸くした。



それから、「知っているなら、話しましょう」と、私達をお寺の本堂に連れて行ってくれた。



本堂の畳の上で、三人並んで正座をした。

世奈が目の前にある仏像に合掌して頭を下げたので、私と龍樹もそれにならう。

しんっとした本堂の中の空気は冷たく、お線香の良い香りが漂っていた。



奥に行っていたお坊さんが、お盆にお茶を載せて戻って来た。

私達に湯呑みを渡してくれる。



「畑 太助のことをどこで知ったんですか?」
と、お坊さんは聞いてきた。



私達は顔を見合わせて、世奈が代表してこれまでのことを手短に話す。



「なるほど……。中学校でそんなことが……。それで畑 太助とタツ子の子どもの存在を調べているんですね」

「はい」



お坊さんは世奈を見つめ、
「そうですか。あなたが誠一くんの娘さんでしたか」
と、言った。



「父を知っているんですか?」

「はい。誠一くんも高橋くんと一緒に畑のお墓について調べに来たことがあって。僕の父親が対応しましたが、ふたりとは仲良くさせて頂きました」

「高橋くん?」

「誠一くんの友達です。……あんなことになって残念です」

「え?」



お坊さんは咳払いをして、私達を順番に見つめてから、
「お教え出来ます。この寺に伝わる話です。もう畑の一族の方はいないし、昔話ですから」
と、居住まいを正した。


お坊さんはもう一度咳払いをして、話し始める。



……太助とタツ子には、確かに三人の子どもがいたらしい。



「名前は上から、太郎、ヤエ子、次郎といいます」



太郎達は太助がタツ子を殺してから程なくして、死体で見つかっていると、お坊さんは言う。



「太助は太郎達が疎ましくなり、林の奥に置き去りにしたと言い伝えられております。捜索に行った畑の一族の方や、弥一(やいち)によって発見されたそうです」

「弥一って誰なんですか?」

「……小野 弥一(おの やいち)は、タツ子の幼馴染みです。色んな説があるそうですが、実は、太郎達は弥一の子どもであったという話もあります」

「えっ!?」

「それって、タツ子が不倫していたってことですか?」

「ちょ、世奈! 大きな声で不倫とか言うなよ」

「ごめん、びっくりして」



お坊さんは頭を軽く掻いて、
「とにかく、太郎達は実際に存在していました」
と、お茶を飲んだ。



「あの、気になったのですが」
と、私はお坊さんを見る。



「林の中にあるお墓、あれは太助のもので間違いないですか?」

「はい。罪人となった太助でしたが、罪が暴かれる前に病死しています。あのお墓は、一族の人々が太助の罪を知って恥じたゆえに、自分達が所有する林の奥にこっそり作った墓だそうです」

「所有? そうだったんですか。だから、こっそり……。そこにタツ子や太郎達は?」

「あのお墓にはタツ子や子ども達は入っていません。でも、太助の他に弥一も埋葬されているそうです」

「えっ!? 弥一?」



三人の驚きの声が被った。



「子ども達を死体で発見した弥一は、きっと太助を責めたのだと思います。太助はそんな弥一をも殺し、その遺体を家の押し入れに隠した」

「えっ……」

「太助が病気で亡くなった後、一族の方が太助の家の押し入れから弥一の遺体を見つけたとのことで。だから畑家は、弥一の遺体を太助の墓に隠すように、一緒に埋葬した。これは寺だけでなく、畑の一族の方にも伝わる話なんだそうです」



世奈が小声で、「そっか」と呟く。



「世奈?」

「史花、龍樹。そういうことだよ」

「何?」



「与太郎は、弥一だよ。子ども達の父親だし、お墓に埋められるのも一緒」



「……!」



そこで世奈が、
「あの、さっき言っていた高橋くんって人は?」
とお坊さんに尋ねると、悲しそうな顔で返事が返ってくる。



「行方不明なんです。突然いなくなったそうで」



気づけば遅い時間になっていた。

何か気になることがあれば、また聞きに来て良いと言ってもらい、お寺を後にする。



帰り道、世奈が呟いた。



「過去にも失踪者がいた……」



私と龍樹は顔を見合わせてから、黙って頷いた。



「子ども達……、太郎達の目的がわからない」
と、世奈。


「オレは世奈が心配」


龍樹が世奈を見つめた。



「もし袴田先生の言うように、世奈が鍵の役目を担う人で、太郎達の目的なら……」



世奈が笑顔でVサインをする。



「大丈夫だよ。太郎達が私を殺しに来ても、私は逃げてみせる。二人を悲しませたりなんかしない。約束!」



その時、世奈の手が、かすかに震えていたことに気づいて、胸が締め付けられた。
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