顔隠しの林

第五話

週末。

世奈の家に集合した私達は、たろじぃに話を聞くために、ダイニングのテーブルについていた。

私の座った位置からまっすぐ視線を向けると見えるテレビボードの上に、写真が飾られてある。

それは小さな世奈が眠っている写真で、お腹に猫がのって寝ている。



「おからっていう猫だよ。覚えていないかい?」
と、たろじぃが私の視線に気づいた。



「おから? ……覚えていないです」

「由来は知らないけれど、誠一が名付けた。おからは世奈が大好きだったから、よくそばにいたんだよ」

「この写真も、お父さんが撮ってくれたんでしょう?」
と、世奈。



「そうだよ。……それで? 誠一のことで何か聞きたいってことだったな?」



紅茶が入ったティーカップとクッキーの入ったお皿をテーブルに置いたたろじぃが、龍樹の向かいに座った。



「こんなことを聞くのは、本当に申し訳ないけど……、でも世奈のお父さんがどうして亡くなったのか、聞きたくて」



龍樹の質問に、たろじぃは一瞬、眉間にシワを寄せた。



「……聞いてどうするんだ?」



口調は穏やかだけど、静かな怒りを含んだ声音だった。



「おじいちゃん、お父さんの最期を教えて」

「どうしてそんなことを……!?」

「ごめんなさい。でも教えてほしくて」



たろじぃはため息を吐いて、
「……だからあの落語の台本を探していたのか?」
と、私達を見た。



「『顔隠しの林』のこと? やっぱり関係があるの?」



「お前達はどうしてあの落語を知ったんだ? どういう経緯で、誠一の最期を聞いてくる?」



世奈が代表して、順を追って説明した。

たろじぃは黙って聞いていたけれど、最後まで聞き終わると、「なんてことだ……」と呟いて、両手で顔を覆う。



「三人とも、よく聞きなさい。あの落語は本当に呪われているけれど、台本自体は呪われてはいない。まずいのは、あの音声テープなんだ」

「えっ?」

「こんなことになっていると知っていたら、お前達に誠一の台本を『探してごらん』なんて言わなかったのに」

「おじいちゃん、どういうこと?」



たろじぃは、ひとくち紅茶を飲んだ。

それから私達を順番に見て、
「誠一は殺されたんだ。あの落語のせいで」
と、苦しそうに話す。



「今まで世奈を含め、親族にも詳しくは話さなかった。突然の死で……。実際、警察のほうでも犯人の特定には至らなかった」

「……」

「誠一が持っていたタオルで絞殺されたんだろうという話だったけれど、どうして持っていたのかは不明のままなんだ」



(……タオル?)



「何があったんですか?」
と、私が質問すると、
「……誠一が死んだ日の前日、誠一と世奈は呪われたんだよ」
と、たろじぃは言う。



「呪われた? 私とお父さんが?」

「そう。当時四歳だった世奈は、いたずら盛りのやんちゃ娘だった。昔は体を動かすことが大好きで、ダンスを習いたいなんて言っていたんだ」

「そうだったっけ?」

「あの日は誠一の部屋で、音楽を録音した誠一の古いカセットテープをプレイヤーにセットして、お前は体を動かしてダンスをしていた。誠一はそれを見て、嬉しそうに笑っていた」

「……」

「町はずれにあるダンススクールに通うかって聞かれて、世奈は嬉しそうに頷いた。次の週末に体験教室に行くって、誠一と約束をしていたんだ」

「……」

「誠一は嬉しそうだった。奈帆さんが亡くなって四年が経っていたけれど、誠一の生きがいは世奈だった。世奈を大事に育てていたし、きっと育てていくつもりだったはず」



たろじいは、涙目になりながら続けた。



「……あの日私は、世奈のダンスの途中で用事があって家を出た。誠一は音楽に合わせて踊る世奈とふたり、楽しく過ごしていると思っていたのに」

「何があったの? おじいちゃん、教えて」

「後から聞いた話なんだ。その日の夜、慌てた誠一から聞いたんだが、……私が出かけてすぐ、誠一はトイレに行ったと言っていた。用を済ませて部屋に戻ったら、音楽が鳴っていなかった」

「……え?」

「あの頃、誠一がカセットテープを入れている引き出しは、世奈には重くて引き出せなかった。だけどあの日、誠一はミスをした」



龍樹が小さく「まさか」と、呟いた。

そんな龍樹にたろじぃは頷いて、こう続けた。



「誠一はその引き出しを出して、床に置いたままにしていたんだ。そこには、あの落語の音声テープが入っていた」

「……それを、私がプレイヤーにセットしたの? あのテープを再生した?」



世奈の声が震える。

たろじぃの目から、涙が一粒落ちた。



「世奈が『顔隠しの林』を聴いていたそうだ。慌てて誠一はテープを停止したけれど……」

「そんな、私が……」



「二人は、呪いにかかったんだ」



「……私が、お父さんを殺した?」

「違うよ、世奈。それは違う」
と、たろじぃは言う。



「誠一が言っていたんだ。【アレ】が来るかもしれないって」



(!)



「その夜、誠一は私に話してくれた。自分が書いた落語が呪われていて、貴子さんがきっとその呪いのせいで亡くなっていること。そしておそらく世奈も呪われたことを。誠一は慌てて、台本やテープを処分することにした」

「処分……」



それならどうして、今も『顔隠しの林』の台本やテープが存在しているんだろう?



「だけど誠一は、踏み切れなかった。唯一、貴子さんの音声が残っているものだから……。世奈、誠一は奈帆さんを心から愛していた。それは間違いない。だけど、貴子さんとの思い出だって大切だったんだと思う」

「恋人だったの?」

「そんなハッキリとした関係じゃなかったと思う。淡い恋心を抱いていたとは思うけれど……」



たろじぃは涙を拭く。



「だから誠一は夜の内に音声テープを友達に預けることにした。どこか、世奈の手に届かないような場所に隠してほしいって。それがその友達の家でも、山の中でも、誠一にはどこでも良かったんだと思う」



「それだったら処分したら良かったのに」
と、龍樹。



「自分で処分するには、気持ちが追いつかなかったんだろう。龍樹、わかってくれ。誠一だって必死だったんだ」

「……」

「それで、その友達にテープを預けたんですね?」
と、私。



「そう。でも翌日、仕事から帰って来ると、家に誠一と世奈の姿がなく、探し回った末に林の中で亡くなっている誠一を見つけた」



そこまで言うと、たろじぃは紅茶をひとくち飲んだ。

私達も紅茶を飲む。

冷めた液体が、胃に届いていく感覚があった。



「誠一の顔がズタズタになっていて、めった刺しになっていた。それに首にはタオルが巻かれていた。息子の変わり果てた姿を見て、正直何も考えられなくなったけれど、どうにか警察に電話をしたよ。その日誠一は会社を休んで、世奈と一緒にいるって言っていたのに、世奈の姿は見当たらなかった」

「……」

「世奈にも何かあったのかとゾッとしたことを覚えている。だけど隣の家に住む人が、世奈を抱っこして我が家にやって来た時は、膝から崩れ落ちるくらいにホッとした。聞けば、誠一に預けられたと言っていた」



「【アレ】が来たの?」
と、世奈。



「そう。きっとそうだ。だから誠一は、慌ててお前を安全な場所に移したんだと思う。誠一は世奈を守りたかったんだと思うし、実際に守ったんだと思う」

「お父さんが【アレ】に殺されたんだって、どうして黙っていたの?」

「すまない。どうしても言えなかったんだ。世奈はきっと自分を責めるだろうって、私にはわかっていたから……」

「……」

「警察が犯人特定に至らずなら、それで押し通そうと思った。真相は、この胸にしまって生きていくと決めたんだ」



世奈は「ふぅっ」と長く息を吐いて、
「お父さんのことは、わかった。でも、おじいちゃんにまだ聞きたいことが二つある」
と、言う。



「二つ?」

「一つ目は『顔隠しの林』の台本は大丈夫で、音声テープは呪われるって、どうして知っているの? なんでそんなことがわかるの?」



(確かに……。確信があってそう話しているように聞こえた)



私達は静かにたろじぃに注目した。

たろじぃは、
「私がまだ生きていて、一度も【アレ】に会ったことがないからだよ」
と、言った。



「えっ? どういうことですか?」



私は思わず、質問する。



「誠一のあの落語の台本を、何度も私は読んでいるんだ。誠一が君達くらいの年頃で、あの落語を書いた時も読んだよ。誠一の死後も、何度も読んだ」

「……っ!」

「だけど、【アレ】は現れなかった。【アレ】に会ったなら、誠一の仇をとってやりたいと思って、台本を開いたことだってあるけれど、今まで【アレ】が私のところへやって来たことはないんだ」

「台本が大丈夫な理由は、そういうことなんですか」



龍樹がどこかホッとした表情になる。



「でも、音声テープは危ない」
と、たろじぃは厳しい声になる。



「私は聴いたことがないけれど、誠一が言うには、あの音声テープは貴子さんが台本を朗読しているから危ないらしい。貴子さんの声が【アレ】を呼び寄せたらしいと言っていた」

「貴子さんの声が、どうして【アレ】を呼び寄せるっていうんですか?」
と、龍樹。



「貴子さんは【アレ】の子孫だから、とか?」



世奈が私を見た。

私も世奈を見て頷く。



私が、
「貴子さんの先祖の事件を、ちゃんと調べなくちゃいけないと思う。そうじゃないと、この騒動は解決できないよ」
と言うと、たろじぃは少し声を張ってこう言った。



「おいおい、三人とも危ない真似はよしなさい! 命に関わるんだぞ」

「おじいちゃん、もう私達は呪いにかかっているんだよ。放送で、その音声テープを聴いているんだから」



そう言った世奈は、
「それで、二つ目に聞きたいことはね」
と、話す。



「その音声テープを、お父さんは誰に預けたの?」






……月曜日の学校で、私達はたろじぃが教えてくれた人物に話があると言って、昼休みに時間を作ってもらった。



「三人揃って、何の話だ?」
と、私達を空き教室に連れて来たその人は、教室の真ん中にイスを三つ並べて私達を座らせ、自分は窓のそばに立った。



「この間の放送部のレア放送の話ですよ、袴田先生」



龍樹の言葉に、その人……、袴田先生が眉をピクッと動かしたのを、私は見逃さなかった。



「レア放送の、あの落語のことか?」
と、袴田先生はため息を吐いた。



「お父さんから預かった、貴子さんの音声が入ったあのカセットテープを、今も先生が持っているんじゃないですか?」



世奈の核心をついた言葉に、袴田先生は頷き、
「沢田さんは……、お父さんの誠一の面影があるな」
と、呟いた。



「お父さんと同級生だったんですね」

「友達だった。誠一は親友だった」



袴田先生は寂しそうな表情になった。

そして、
「誠一から預かったテープを自宅で保管していたけれど、この学校に勤めることになった時、学校に隠せば良いじゃないかって思ってしまった」
と、話し始めた。



「先生が、放送部に隠したんですね?」

「あそこはカセットテープが山ほどあるからな。他のテープに紛れて、誰も聴かないと思ったんだよ。……正直言って自宅に置いておくのも、気味が悪かったんだ」

「それは……、ちょっと気持ちがわかるけどさ」
と、龍樹が小声で呟く。



「だけど、レア放送で流されてしまった。あの後、こっそり放送部の部室に入って、テープは回収した。今も先生が持っている」



ふと、頭の中に疑問が浮かんだ。



「袴田先生がそのカセットテープを気味悪いって思うのは、聴いたことがあるんですか?」



私の質問に袴田先生は首を振って、
「いや、レア放送で初めて聴いたんだ。だけどあらすじは知っている。誠一から聞かされていたから」
と、言った。



「……」



(どういうことだろう?)



そう考えていると、
「何か気になることがあるのか?」
と、龍樹が尋ねた。



私は「ある」と短く返事してから、
「貴子さんは、どういった状況で呪いにかかったんだろう? その時の呪いに、世奈のお父さんはカウントされていないとなると……」
と話すと、世奈がこう言った。



「えっ? なんで貴子さんが呪われた時、お父さんは呪われていないことになるの?」

「【アレ】が世奈のお父さんの前に現れたのは、十年前でしょう?」

「うん」

「貴子さんが死亡した1999年に、世奈のお父さんも呪われていたなら、その時に【アレ】が来ていたはずじゃない?」

「……確かに。でも、私達の前にも【アレ】はまだやって来ていないけれど、呪われてはいると思うんだよね」



世奈とふたり、「うーん」と唸る。



「沢田さんは、お父さんの誠一が『顔隠しの林』の作者だっていうのは、前から知っていたのか?」
と、袴田先生が言った時。



ガラッ!!



教室のドアを開ける大きな音がして、私達は全員振り返った。

そこには、彼がいた。



ぼうっとした瞳で。

緩んだ口元は相変わらず、よだれで光っている。






「……山崎くん!」







思わず名前を呼ぶと、山崎くんはニタニタ笑ってから、世奈を真っ直ぐ指差した。



「見つけた……」




低く、かすれた声だった。



「作者の、娘……。逃がさないぞ……。唯一、知っている人物だ……」



山崎くんは「えへ、えへへへっ」と笑いながら、教室から出て行く。



「待って、どういうこと!?」
と、世奈。



追いかけようとする世奈の腕を掴んで、龍樹が止めた。



「やめとけ、追いかけんな!」

「でも」

「なんかあいつ、やばそうじゃん!! 世奈が危険だって!!」



「……山崎くんが世奈を指差して言っていたこと、どういう意味なんだろう?」
と、私は袴田先生を見て、尋ねる。



「先生、唯一知っているって何のことですか?」

「わからない。山崎さんはもしかして【アレ】なのか?」





そう呟いた袴田先生は、
「沢田さん、絶対にひとりにならないようにしなさい」
と言い、
「多分、沢田さんは、鍵の役目を担っている」
と、少し震える声で呟いた。



「鍵の役目って?」

「もうこれ以上は、首を突っ込まないほうがいい」
と言い残し、先生は足早に去って行ってしまった。
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