顔隠しの林

第八話

どうしよう。

ひとりきりで、ふたりを助けられるんだろうか?



(いつも世奈と龍樹がそばにいてくれたから、こんなふうにひとりでいるのは正直つらい)



教室の中の自分の席に座り、ぼんやりお弁当を食べながら、昼休みを過ごしていた。



(空席がやっぱり目立つな……)



失踪してまだ帰って来ていない人達は、どうしているんだろう?

今のところ帰って来たのは、山崎くんと米田さんと間渕くんだけ。



(そして米田さんは、世奈と同じタイミングでもう一度失踪している)



みんな無事に生きていてほしいと、心の底から思ったその時。



「時田さん」
と、クラスメイトの女子に呼ばれた。



「袴田先生が、お弁当を食べたら職員室に来てほしいって。さっき別の用事で職員室に行った時に伝えてほしいって言われたの」

「わかった。ありがとう」



私はお弁当を片付けて、職員室に向かった。



職員室。

ドアをノックして袴田先生を呼ぶ。

先生は私に気づくと、この間話した空き教室に連れて行き、
「沢田さんと中山さんがいなくなったことも、誠一の落語と関係があるのか?」
と、質問をしてきた。



私は頷き、
「先生の持っている貴子さんの音声テープを貸してください」
と、頼んだ。



「何のために?」

「世奈と龍樹を助けるには、あの『顔隠しの林』を最後まで聞かないといけないと思うんです」

「……」

「お願いします、私はあのふたりがいないとダメなんです」

「……先生は、持っていない」

「えっ? だってこの間……」



袴田先生は俯いて「ある人に預けた」と言い、
「その人に会って相談するといいかもしれない。連絡しておく」
と、青い顔をあげた。



放課後、下校中にスマートフォンに着信があった。

昼休みの間に、袴田先生のいう『ある人』と、先生を介して連絡先を交換していた。

画面には『ある人』の名前、『坂井 景子(さかい けいこ)』の文字。

深呼吸して応答ボタンをタップする。

耳にスマートフォンを当てると、
『……時田 史花さん?』
と、少し低くて落ち着いた女性の声。



『袴田さんから連絡を受けて、あなたに連絡をしています』
と、坂井さんが続けたので、
「はい、時田と申します。坂井さん、よろしくお願いします」
と、返事をした。



坂井さんにこのあと用事がないことを知って、これから会えないかと尋ねると、坂井さんは駅前のカフェで待っていると言った。

家に帰り、私服に着替えてから駅前のカフェに急ぐ。

夕方の町をかけ足で通り過ぎ、カフェの扉を開いたら、私に気づき手をあげた女性が見えた。



彼女に近づき、「坂井さんですか?」と声をかけると、彼女は頷き「座って」と、向かいの席をチラッと見た。



「貴子さんの音声テープ、貸してほしいんだって?」
と、坂井さんはメニューを手に取り、「何を飲む?」と私に渡した。



飲み物どころではない心境で、私は適当にオレンジジュースを指差すと、坂井さんが注文してくれた。

坂井さんは既にコーヒーを注文したと言って、手元にある白いコーヒーカップを指差した。



「あの、友達を助けたくて。そのためには音声テープを聴く必要があって」

「なぜ? 誠一さんが台本を持っていたはず。音声テープは危ないって聞いているから、まず台本を手に入れたほうがいいと思うけど」



台本は塗り潰されていてラストが読めないと話すと、坂井さんは「そうなの?」と意外そうな声を出した。



「意外ですか?」

「……そうね。あの時、私達が中学生だった時、どんなに止めても誠一さんは『顔隠しの林』を完成させることに夢中だったから。まさか大切な台本を塗り潰すなんて」

「坂井さんは、世奈のお父さん……、沢田 誠一さんとは同級生ですか?」

「いいえ。私はひとつ下の学年だった。仲良くしてもらっていたけれど、それは兄の存在があったから」

「兄?」



坂井さんはコーヒーを飲んでから、私を見つめた。

その目は何かを探るような目のように見えた。



「……結婚して名字が変わったけれど、私の旧姓は高橋」

「た、高橋……!?」



(高橋って、もしかして……)



「時田さんは知っているのかわからないけれど、私の兄、高橋 幸次(たかはし ゆきつぐ)は、あの『顔隠しの林』のせいで失踪しているの」



「……」

「その様子じゃ、兄のことを知っているのね?」

「あ、あの、お寺のお坊さんに聞いたことがあるんです。誠一さんと一緒に畑 太助のお墓の話を聞きに来ていたって」

「……そう。その高橋。その後、兄は失踪した」



坂井さんは「長い話になるけれど」と前置きをして、私の目をまっすぐに見つめて話し始めた。



「そもそも、あの落語は文化祭のために書かれたものだったの」



誠一さん、貴子さん、高橋さん、袴田先生、そして坂井さんは中学生の頃、演劇部だった。

その五人が秋の文化祭で披露する演劇部の劇を創作するグループに選ばれたらしい。

桜の季節に、誠一さんがホラー作品にしようと言い、題材探しをしていたところ、貴子さんが言ったのだそうだ。



『そういえば、私の一族に伝わる話が結構怖いんだ』



そこで貴子さんから太助の起こした事件の話を聞き、興味を持った誠一さんは、その事件を調べることにした。

のめり込んでいく誠一さんに対して、高橋さんはある意味、歯止めをかけるストッパーのような役割だった。

そして夏休みも半ば。

劇の台本ではなく、出来上がったのは落語の台本だった。



『これを元に、劇を作っていきたいんだ』
と、誠一さんはまず、貴子さんに落語を朗読してほしいと頼んだ。



貴子さんは自分の先祖を題材に、誠一さんが面白がって台本を書いたことに、先祖への申し訳なさと誠一さんへの強い怒りがわいたと、坂井さんに明かしたらしい。

そこで朗読する時は、何度注意されても棒読みをした。



「怒りを表すためだったと、貴子さん本人が言っていたの」



使い物にならないだろうと思いながらも、音声テープは完成した。



「誠一さん、貴子さん、兄がその音声テープを夏休み中の部室で再生した。私と袴田さんは当時の演劇部の部長に呼ばれていて、その場にはいなかった」



高橋さんは当時、貴子さんの恋人だった。

テープを聴いた後に貴子さんは泣き出してしまい、高橋さんがずっと慰めていたという。



「なかなか泣き止まない貴子さんの気分を変えようと、兄は外へ連れ出した。その時に私、ふたりと廊下ですれ違っているの」

「……?」

「その時はわかっていなかった。呪われていることも、呪われた後にやってはいけないことも」

「もしかして、外って……」

「そう、林へ行ったの」



そして事件が起きる。

林へ行ったのはふたり。

だけど帰って来たのは、ひとり。



「兄はいなくなったの」

「!!」

「貴子さんが帰って来た時、泣きながら叫んでいた」



『顔を隠さないで!!』




どういう意味なのかわからなかったけれど、落ち着いた貴子さんに改めて聞いたら、彼女は真っ青な顔でこう言ったそうだ。



『高橋くんが顔を隠した途端、消えたの! 呪われたとしか思えない! 本当に一瞬の出来事だったの!』



坂井さんはふぅっと息を吐き、
「兄は今に至るまで、行方不明のままなの」
と、手元にあるコーヒーを見つめた。



「貴子さんはその後、誠一さんに抗議の意味も込めて忠告の手紙を書いて渡した」

「そしてその翌日、亡くなっていますよね?」

「……そう。実は、私こそが彼女の遺体の発見者なの」

「えっ!?」



1999年8月12日。

坂井さんは貴子さんの家に、彼女の様子を見に行っていた。

貴子さんは自宅の庭で洗濯物を取り込んでいた。

浮かない顔の貴子さんに二言、三言話していたら、強い風が吹いた。



「『あっ!』と思った時には、遅かった」



物干し竿に干してあるシーツが風に煽られて、貴子さんの顔にまとわりついた。



「顔が隠れていた。その時、貴子さんが言ったの。『あなたは帰って! 一緒に消えちゃダメ!』って」



坂井さんは残ると言ったけれど、貴子さんが無理やり背中を押して家から追い出した。

うろたえた坂井さんは一度家に帰ったものの、ある考えが浮かんだ。



「林に行けば、兄がいるかもしれない。そしたら貴子さんだって元気になるかもって。私、まだ兄の無事を信じていたし、呪いなんて信じてなかったから。でも、その日わかった。私達は呪われているんだって」

「……」

「林に行ったのよ。……貴子さんが倒れていた」

「!」

「今でも覚えている。彼女、腹部を包丁で刺されていたのよ」

「えっ!?」



発見した時、貴子さんにはまだ意識があった。

名前を呼んで近づくと、貴子さんはこう言った。



『【アレ】に会ったの。包丁で倒せるかと思ったけれど、逆に刺されちゃった。それに、タツ子の墓がどこにあるのか、私にはわからない。でも誠一くんなら……』



「タツ子の墓!?」

「そう、【アレ】の目的はタツ子の墓のありかなの」

「!!」



うわ言のように『誠一くんなら』と繰り返す貴子さんに、誰かを呼んで来ると伝え、坂井さんはその場を一旦離れた。

そして戻って来た時には、貴子さんは亡くなっていた。



「顔が……、顔がなかったの」

「えっ? で、でも、顔をめった刺しにされたって……」

「それは嘘なのよ。本当は食べられたみたいに、顔がなかった」

「……!」



その時呪われたことや、その後してはいけない行動がわかったという。



その時、「私も一緒にいいですか?」と、声が聞こえた。

顔を向けると、たろじぃが立っていた。



「誠一さんの、お父様ですね?」
と、坂井さん。



「袴田くんから連絡が来てね。史花とあなたを会わせるから、そばにいてほしいって」



たろじぃは私の隣の席に腰掛けた。

そして、
「誠一も、本当は顔がなかったんだ」
と、呟いた。



「めった刺しじゃなくて、食べられたみたいに……?」

「そうだよ。このことは公表されていない。あまりにもむごい。あまりにも……」

「山崎くんと、同じ……」



坂井さんが、
「誠一さんはなぜ顔を隠したんですか? 貴子さんの事件で、一番気をつけていたはずなのに」
と、たろじぃに尋ねる。



たろじぃは少し黙ってから、
「誠一の娘の世奈なんです」
と、呟いた。



「えっ?」

「史花、世奈には絶対に黙っていてほしい。いいかい? 約束してくれるね?」

「はい」

「当時四歳だったいたずら盛りの世奈が、誠一の背後からそっと近づいて、目元を手で覆った」



『だ〜れだ!?』



「あの瞬間、誠一の呪いが完成したんだ」

「そんな……!!」

「だから【アレ】が来ることがわかって、世奈を隣人に預けて、ひとり林へ向かったんだと思う。少しでも世奈に危険が及ばないように」



坂井さんは「そうでしたか」と頷いて、
「……これ、あなたに渡す」
と私を見て、カセットテープをテーブルに置いた。



「音声テープは確実に呪われてしまう。強い恨みと、貴子さんの血筋が、【アレ】を呼び覚ますからだと思う」

「? どういうことですか?」

「誠一さんが言っていたの。落語はその人になりきって話を進めるでしょう? 登場人物になって、その人生をほんのひととき生きる。素敵よね」

「……」

「でも、だから【アレ】は、蘇るんだって。この音声テープに限った話だけれど、子孫が自分達の話をして、血で引き寄せられるんじゃないかって誠一さんは言っていた」

「そういうことだったんですか」

「わからないけれどね。誠一さんの見解はそういうことだった」



たろじぃも坂井さんも黙ったので、私はある質問をした。



「袴田先生が言っていたことがあるんです。世奈は鍵の役目を担っているって」

「……そう」
と、坂井さんは頷く。



「どういう意味なんですか? 太郎達……、いえ、【アレ】になりすまされている同級生が、世奈を『見つけた』って言って笑ったんです」

「さっき話したでしょう? 【アレ】の目的はタツ子の墓のありかだって。貴子さんは【アレ】に殺された時、うわ言のように言っていた。『誠一くんなら』って」

「はい」

「1999年に誠一さんが生き延びたのは、呪いが完全じゃなかったから。だけど、貴子さんの言葉も鍵になったんだと思う。【アレ】にタツ子の墓のありかは誠一さんなら知っているかもと、伝えた。それは、鍵なんだと思う。大切な情報を握る鍵として誠一さんを指定して、彼を守った」

「!」



そうか。

世奈のお父さんが十年前、太郎達に殺された時も彼らに同じ質問をされていたとしたら。

貴子さんからもらった鍵を、世奈に渡すように指定したかもしれない。

だから、山崎くんはあんなふうに言ったんだ。



『作者の、娘……。逃がさないぞ……。唯一、知っている人物だ……』



唯一知っているとは、タツ子の墓のありかのこと……!



「でも世奈はきっと……」

「そうね、きっと知らない。どうか助かることを、私も祈る」



そう言った坂井さんは、たろじぃに向かって頭を下げてこう言った。



「私達が起こした事件が、こんなことになってしまって……、本当に申し訳ございません」



たろじぃは静かな声で、
「頭を上げてください。息子の書いた落語のことです、私のほうが謝罪をしなくてはなりません」
と言い、頭を下げた。



「……もう、兄はこの世にはいないと諦めているんです」



坂井さんは、涙声だった。



「だけど、別れも言えずにいなくなってしまったので、まだどこかで生きているような気がして……、でもそんなわけないと思う自分に悲しくなります」

「……」



しばらくして坂井さんと別れ、たろじぃとカフェを出た。



駅前を歩いていると見慣れた横顔が目に入り、私は思わずその人を追いかけた。



「史花?」

「ごめんなさい、先に帰ってて!」



サラサラの長い髪をなびかけて、近づく度に鼻をかすめるほのかな香水の匂い。



「米田さん!!」
と、彼女を呼んだ。



振り返り、私を見た彼女。

どこか不思議そうな瞳で私を見つめる。



「米田さん?」



「……誰?」
と、彼女は目を丸くした。



その時、彼女の着ている制服が他校のものであることに気づいた。
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