顔隠しの林

第九話

「あ、あの……?」



自分から声をかけたけれど、困惑した。

目の前にいるのは米田さんだと思ったけれど、よく見ると、制服が違うし、顔も少し違う気がしてくる。



「ひと間違いをしました」
と、頭を下げると、彼女は少し悲しそうにこう言った。



「妹と間違えた?」

「えっ?」

「あなた、中学生でしょ? 妹も中学生なの。今はどこかへ行っちゃったけど」

「! じゃあ、米田さんのお姉さん……?」

「そう。米田 麻衣(よねだ まい)の姉の、亜希(あき)です。高校一年生。えっと、あなたは?」

「あの、麻衣さんと同じクラスの時田 史花です」



亜希さんが「ちょっと歩きながら話さない?」と言い、帰る方向が途中まで同じなので、私達は並んで歩く。



「史花ちゃん、もしかして妹の手紙を預かってない?」
と、ふいに亜希さんが言った。



ドキッとした。

罪悪感がぶわっと全身の汗となって、じんわり出てきたみたい。



「も、持っています……。あ、あの、ちゃんと渡せてなくて……」



しどろもどろになりつつ謝ろうとすると、
「あぁ、いいの! そんなの、謝ることじゃない」
と、亜希さんは笑顔を見せた。



「麻衣にもやめとけって言ったの。そんなのフェアじゃないし、誰も良い気持ちにならないって」

「……」

「でもあの子、龍樹くんって子がすごく好きだったみたいでね、止めても聞かないの」

「……そう、だったんですか」

「うん。こっちこそごめんね、史花ちゃんも悩んだよね? それで、私からのお願いがあるんだ」

「何ですか?」



亜希さんは立ち止まって、私を見つめた。

そして、
「麻衣の手紙、私に渡してほしい」
と、言った。



「えっ? でも……」



私も立ち止まり、亜希さんを見ていると、次第に彼女の目に涙があふれてきた。



「麻衣がまた消えちゃって……。なぜかもう帰って来ない気がするの」

「……」

「あの子は意地悪なところもあったけれど、明るくて楽しくて可愛い、私には大切な妹だった。だから、お願い。あの手紙、麻衣の気持ちが入ったものを、私にちょうだい」



私は亜希さんに近づき、
「わかりました。絶対に手紙、亜希さんに渡します」
と、約束した。



これから予定があるらしい亜希さんと、連絡先だけ交換をして、後日改めて会って手紙を渡すこととなった。



私は家に帰り、お母さんにカセットプレイヤーがないか尋ねると、お父さんの部屋からラジオも聴けるプレイヤーを持って来てくれた。



「ラジカセなんかどうするの? 史花、カセットテープなんか持ってたっけ?」

「うーん、人から借りて。ね、これってイヤホン付ける所どこ?」

「え? あ、ここだと思う」



お礼を言って自室にプレイヤーを持って行き、私はカセットテープをセットした。



(聴くしかない)



ひとりきりで怖いけれど、世奈や龍樹を助けることが出来るのは、私だけ。



(私はこれからもふたりと一緒にいたい)



ウジウジするなって言われた。

言葉に責任を持ってないって言われた。

……正直言って傷ついたけれど。



(あんなふうに言うのは、これからも一緒にいてくれるつもりがあるからだって、私にはわかるから)



私はイヤホンを耳にセットして、再生ボタンを押した。



カセットテープはレア放送で流れた続きからの再生だった。

与太郎が顔を食べられ、女が墓を掘りつつ過去の告白をし、与太郎になりすました子ども達に八五郎達が気づき、和尚さんがこう言う。



『その与太郎さんとやらは、きっともうこの世にいないと、わしは思う。妖怪に顔を奪われ、なりすまされておる』



私は手に汗を感じながら、続きを聴く。



『……そんな……。……あんた達、お面をつけて林へ行きなさい。林まで行くと、妖怪はきっと現れる。決してお面を外してはならん。顔を奪われ、死んでしまうぞ。……ひえぇ、恐ろしい!……林まで来たらその妖怪に二つ重ねてお面をつけるんじゃ。よいな、二つ重ねるんじゃよ。そうすると妖怪は大人しくなる。顔を隠され、安心するんじゃ』



貴子さんの棒読みをメモを取りながら聴く。



(二つのお面を、重ねてつけると大人しくなる……!)



『……大人しくなったら、それで一件落着なんだな? ……いや、まだじゃ。……和尚さんは険しい表情でこう続けた』



(うぅ、聴くのが怖い……)



『妖怪が大人しくなったら、重ねたお面の内一つでいい、剥ぎ取れ。妖怪は顔を奪われたと勘違いして、死んでいくはずじゃ。良いな、必ず一つだけを剥ぎ取るんじゃぞ。全て剥ぎ取り、妖怪の顔を晒したら、あんた達の命は終わる』



(重ねてつけたお面の内、一つだけ……。全部剥ぎ取ったら、きっと太郎達に私の顔を奪われてしまうんだ)



『八五郎と熊五郎はごくりと生唾を飲み込んで、林へ向かった。お面をつけて薄暗い林に着くと、熊五郎は出てきた妖怪を羽交締めにし、八五郎が妖怪に二つのお面をつける』



(……っ!)



『与太郎の仇、きっちりとらせてもらうぜ。……八五郎は二つ重ねたお面の内の一つを勢いよく剥ぎ取った。すると妖怪は……ぎゃああああっ……と叫び、顔を両手でおさえてうずくまったかと思うと、煙のように消えてしまった』



(た、退治した!! 退治する方法はコレなんだ!!)



『や、やった!!……妖怪を退治したぞ!!……ふたりは喜び、お面を外して笑顔になった。しかしその背後から、……どうしたんだい?……と、声がした』



(えっ!?)



『その声は与太郎そのものの声で、驚き振り向くと、与太郎の顔をした子どもがふたり、ニヤニヤして立っていた』



(そんな……!!)



『よだれを垂らして、それを拭くこともせず』



そこでこの落語が終わったのか、テープは静かになった。

私は震える指で停止ボタンを押す。



「妖怪は三人いる」



そうだ、太郎達だって三人いるじゃない。

太郎、ヤエ子、次郎。

山崎くんだけがなりすまされている訳じゃないと、思っていたけれど。

山崎くん、米田さんの他にもなりまされている人がいるってこと……。

失踪して帰ってきた人の三人目。



「……それは、間渕くん……」



間渕くんはずっと学校には来ていない。

ずっと家にいたのかもしれない。

でも米田さんみたいに、また失踪している可能性だってある。



「お面はニセットずつ、三人分。それと私の分。でもお面なんてすぐに用意できない……」



……そうか。

だから、世奈のお父さんは顔を隠す用に、タオルを持って林へ行ったのか。



私は弟の部屋に向かった。



「ねぇ、お祭りの時に買ってたキツネのお面、私にちょうだい」
と言うと、弟は「いいよ」と、簡単に譲ってくれた。



これで私の顔を隠すものは用意できた。

目の位置に穴が空いているから、動きやすいし、助かる。

退治に使うのはタオルでいい。

私は自室に戻ってタオルを六枚用意し、急ぎ足で家を出た。



林までの道のりは永遠のように長くも、一瞬のように短くも思えた。

辺りはすっかり夜。

林に辿り着き、私はお面をつける。



(これで私の呪いは完全になった……)



恐怖から体が震える。

出来ることなら、戦いたくない。

家に帰って、日常の中を暮らしたい。



(だけど、やらなくちゃ)



私が二人を助ける!






「……どうしたの?」







声がした。






風がさぁぁっとかけていく。

暗い林の中から、ひとり現れたのは紛れもなく山崎くん本人だった。



「山崎くん!」

「もうその名前の者じゃないって、気づいているんだろう?」

「……っ!」

「お前は、あの声を聴いたんだな?」

「あ、あの声って?」

「……名前なんか知らない。オレ達の話を声に出して読んでいた奴だよ。オレ達を呼び覚ました……。おかげで妖怪になってしまったけれど、オレ達の目的を忘れないでいられる。でもあの声も作者も、おっかぁの墓のありかは知らなかった。そんな奴に用はない」



山崎くんはそう言って、ニタニタ笑っている。



「山崎くん」

「オレの名前は、太郎だ」

「……太郎さん、タツ子さんのお墓の場所を知って、どうするの?」

「おっかぁの顔がなくなった。おっとうに削られて、なくなった。だから、新しい顔をあげるんだ」

「えっ?」

「オレ達が用意するんだよ。新しい顔を用意しておっかぁに渡せたら、きっとおっかぁはまたオレ達と一緒にいてくれる!!」

「……!!」



ゾッとした。

吐き気がしてくる。



「じゃ、じゃあ、あの時。掃除当番の日、クラスの人達を林に連れて行ったのは……」

「おっかぁの顔に合う顔を探していたから。でも一番良さそうな顔は、ヤエ子にとられた」

「えっ?」

「美人だったから、おっかぁの顔になればいいと思ったのに、ヤエ子が意地悪してとった。何食わぬ顔をして、ヤエ子が食べた……」

「……そ、それが米田さん……」



太郎はまるで小さな子どもが頷くように、こっくんと大きく頷いた。



(ダメだ、このままだと世奈も龍樹も危ない。早く退治しないと)



だけど、どうやって?

手に持っているタオルに汗がにじむ。

顔に二枚重ねてタオルを巻いて、一枚だけ剥ぎ取る。

それだけのことが、ものすごく困難なことのように思えてしまう。



その時、
「兄ちゃんだけ、おしゃべりずるいぞ!!」
と、もうひとり近づいてきた。



眉間にシワを寄せて、見るからに不機嫌そうな彼は、やはり間渕くんだった。



「次郎」
と、太郎が間渕くんを呼ぶ。



「あっちに行ってろって。お前はまだ小さいんだから」



その言葉を聞いて、私の背筋が凍った。

確か間渕くんは龍樹くらいの身長があったはず。

百七十センチくらい。

だけど今、目の前にいる間渕くんの顔をした彼は、百六十センチの私よりも小さい。

百五十センチくらいの身長に思える。

まだ細い、子どもの体だった。



(間渕くんじゃない……)



次郎に顔を奪われたんだ。



「こいつも知っているんだろう?」
と、次郎は私を指差した。



「作者の娘が言ってたもん。兄ちゃん、早くおっかぁの墓のありかを聞き出してよ」

「まぁ、待てって。今、連れて行くつもりだったんだよ」

「遅いよぅ! 早くおっかぁに会いたいんだもん!!」



今にも泣き出しそうな次郎の頭を、太郎はなだめるように撫でている。



「世奈は、……作者の娘は、どうしているの?」




私の質問に太郎が答える。



「おっかぁの墓のありかは、三人一緒じゃないと答えられないって言って、林の奥でお前を待っているよ」

「!!」



(ということは、世奈も龍樹も無事でいてくれたんだ!!)



三人一緒。

その言葉に、心の中からぽかぽかしたものが広がった。



(そうだよ、私達は三人一緒。今までも、これからも!!)



「早く来いよ!! もう待ちくたびれたんだ!!」
と、次郎に怒られて、私は林の奥に向かった。






ずっと奥を進み、畑 太助のお墓のところまでやって来た。

太郎と次郎は太助のお墓を冷たい目でチラッと見たけれど、手を合わせることもなく、
「ヤエ子〜!!」
と、大声を出した。



すると、米田さんの顔をしたヤエ子が出てきた。

意地悪そうにニヤリと笑って、
「その鈍臭そうな奴、お墓のありかを知っている奴?」
と、言った。



「そうだよ。あの二人は?」



太郎が返事をすると、
「いるよ、そこらへんに。ねぇ、早く聞き出して、おっかぁに会おうよぅ」
と、不満げな顔をする。



「おっかぁに会って、一番に話すのはオレだからな!」

「次郎はわかってないね。あんたなんか最後でいいんだよ。私が一番に話す。女同士だもの、話したいことばかりなんだから」

「姉ちゃんが最後でいいじゃないか! なんでオレが最後なんだよ!」



ヤエ子と次郎がケンカし始めた。

ケンカ内容が、子供っぽい。



その時、少し遠くからこちらへ歩いて近づいてくる人影二つを見た。

目をこらさなくても、わかる。

世奈と龍樹だ。



「……史花?」

「史花なのか?」



二人とも、顔を隠していた。

世奈は薄手のタオル。

龍樹はUV対策用の黒いサンバイザーで顔を覆っている。



「二人とも、無事で良かった!!」

「結局、巻き込んでごめんね」
と、世奈が謝る。



「何言ってるの、私達で解決しようって言ってたじゃん」

「……史花、オレもごめん。世奈がいなくて焦って、不安から史花に嫌なこと言った」



龍樹が少ししょんぼりして見える。



「大丈夫だよ。私もごめん」

「なんで史花が謝るんだよ」

「手紙のこと。嫌な思いさせてごめん」



「そんなの、もういいよ」と龍樹が言って、「母さんのサンバイザーを、あの夜、玄関で見つけたからお面代わりに付けたけど、視界の暗さにまだ慣れないから、史花の表情も見えにくい」
と、龍樹がサンバイザーの下で笑った。



「私も鞄に入ってたタオルだけ持ってここに来て、それで顔を隠してるから、悪いけど私、二人の足元しか見えてないんだよね」



世奈の言葉に、私も龍樹も「あはっ」と笑ってしまった。



(好きだな)
と、心から思った。



私はこの二人のことが、本当に大切で、大好きだ。

やっぱり三人でいると、楽しいし落ち着く。

例えこんな状況であっても。



「……楽しくおしゃべりしているところ悪いけどさ、おっかぁの墓のありかをそろそろ教えてよ」



太郎がそう言って、私達を順番に見た。



「その前に、二人と話させて」
と、私。



「もうすっかり話しただろう?」

「ちゃんと確認しておかないと、タツ子さんのお墓のありかを話せないから」

「そうなのか?」



太郎は顔をぽりぽり掻いている。



「しばらく三人にして」

「そんなことを言って、相談して逃げるつもりでしょう?」
と、ヤエ子。



「逃げられるとは思ってないから。お願い、話させて」



私の言葉に、太郎達は顔を見合わせて、「少しだけだぞ」と言い残し、太助のお墓の周りに座った。



その場から少し離れ三人になり、
「退治の方法を伝えるから」
と、私は小声で伝えた。



二人は退治の方法を知ると、黙って力強く頷いた。

……やるしか、ない。
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