天敵外科医さま、いいから黙って偽装婚約しましょうか~愛さないと言った俺様ドクターの激愛が爆発して~【愛され最強ヒロインシリーズ】
もうバスが何系統とか言ってられない、とりあえず逃げないと!
必死で走る。階段を下り始めたあたりで、腕を掴まれた。
「は、離して」
「いやだ。さっき、誰に電話してた? 香月か? じゃあもうチャンスはない、おいで志季子、一緒に逃げよう」
「無理。離してって言っているでしょう!」
ゆーちゃんが私を抱きしめようとする。
いや、抱えて車に向かおうとしている。
私は彼の腕の中で暴れ、もがき、必死で抜け出す。
ゆーちゃんから離れた瞬間、ホッとした。
目の前にあったゆーちゃんの正義感に満ち満ちた顔が、ひどく歪に形作られる。
彼の手が、私の方にのびる。
捕まえられると思ったけれど、違った。
彼の手が、強く強く、私の胸の真ん中を押す。
ぽかんとする私の足が階段から離れていく。
「え?」
宙に投げ出される、夜空が見える。
ネオンでほの明るい、街の夜空――反射的に手が手すりを探す。
指先が触れたそれを掴もうとしたのに、あと一歩、すり抜ける。
重力に引かれ、落ちていく。
視界にさかさまになった桜が見えた。
バランスを失い、頭に強い衝撃があった。
鼻にツンとした感覚が抜けて、頭の中がグワンと揺れて、視界がゆっくりと真っ黒になっていく。
──塗りつぶされていく。