天敵外科医さま、いいから黙って偽装婚約しましょうか~愛さないと言った俺様ドクターの激愛が爆発して~【愛され最強ヒロインシリーズ】
聞き間違いかと園岡教授と理事長を見るも、変わらぬ表情。
「……香月先生が、この患者さん?」
私は持参していたカルテのファイルを取り出し、見つめる。
「ああ。教授、理事長」
香月先生は祖父のことも役職名で呼ぶと、不満をあらわに「聞いてません」と声を低くした。
「担当医が変わることは了承しました。が、こいつだとは聞いてない」
「少なくとも、いまうちの病院で一番香月先生の治療に適任なのは彼女です」
微笑みながら言う園岡教授の言葉を遮るように、私は「香月先生!」と席を立つ。
木彫り細工のある黒壇の上品な椅子が、なめらかな床を擦って音を立てた。
「大変、申し訳ありませんでした!」
「なんだよ」
眉をひそめる香月先生に向かって、頭を下げたまま私は続ける。
「研修医時代、救急ローテで先生とご一緒した際、私、先生に健康を慮るよう進言しました。ですがこのようなご病気を抱え勤務されているとはつゆ知らず……いえ、知らなかったにせよ、無神経にもズカズカとデリケートな部分に足を踏み入れたこと、心より謝罪いたします。申し訳ありませんでした!」
カルテによれば、あの時期、先生は最も症状が厳しかったはずだ。
にもかかわらず、必死で職務を遂行していた。
カップ麺と栄養ドリンクだけ摂取していたのは、好きで選んでいたわけじゃない。食欲がなく、口内炎等の症状もあり、それしか口に入らなかったのだ。おそらく無理やり押し込んでいたのだろう。
そこに、なんにも知らない正義漢ぶった研修医が『医者の不養生』なんて口を挟んできたら、……あの程度の叱責で済んだのは彼の優しさだ。
「吉武、座れ。なんのことかちっとも分からん。……記憶にない」
香月先生が面倒くさそうに、ひらひらと手を振る。
「ですが」
「ははは、まあ座ってください、吉武先生。優しい人ですね、あなたは」
理事長に言われ肩を落とし、首を振った。
「いえ。私、単純にがさつなのだと思います」
「お前が気にしている件は記憶にないが、がさつなのは同意する」
香月先生は言い放つと、腕を組んで目を伏せた。
「ほかに適任はいなかったのですか」