天敵外科医さま、いいから黙って偽装婚約しましょうか~愛さないと言った俺様ドクターの激愛が爆発して~【愛され最強ヒロインシリーズ】

 聞き間違いかと園岡教授と理事長を見るも、変わらぬ表情。

「……香月先生が、この患者さん?」

 私は持参していたカルテのファイルを取り出し、見つめる。

「ああ。教授、理事長」

 香月先生は祖父のことも役職名で呼ぶと、不満をあらわに「聞いてません」と声を低くした。

「担当医が変わることは了承しました。が、こいつだとは聞いてない」
「少なくとも、いまうちの病院で一番香月先生の治療に適任なのは彼女です」

 微笑みながら言う園岡教授の言葉を遮るように、私は「香月先生!」と席を立つ。
 木彫り細工のある黒壇の上品な椅子が、なめらかな床を擦って音を立てた。

「大変、申し訳ありませんでした!」
「なんだよ」

 眉をひそめる香月先生に向かって、頭を下げたまま私は続ける。


「研修医時代、救急ローテで先生とご一緒した際、私、先生に健康を慮るよう進言しました。ですがこのようなご病気を抱え勤務されているとはつゆ知らず……いえ、知らなかったにせよ、無神経にもズカズカとデリケートな部分に足を踏み入れたこと、心より謝罪いたします。申し訳ありませんでした!」


 カルテによれば、あの時期、先生は最も症状が厳しかったはずだ。

 にもかかわらず、必死で職務を遂行していた。

 カップ麺と栄養ドリンクだけ摂取していたのは、好きで選んでいたわけじゃない。食欲がなく、口内炎等の症状もあり、それしか口に入らなかったのだ。おそらく無理やり押し込んでいたのだろう。

 そこに、なんにも知らない正義漢ぶった研修医が『医者の不養生』なんて口を挟んできたら、……あの程度の叱責で済んだのは彼の優しさだ。

「吉武、座れ。なんのことかちっとも分からん。……記憶にない」

 香月先生が面倒くさそうに、ひらひらと手を振る。

「ですが」

「ははは、まあ座ってください、吉武先生。優しい人ですね、あなたは」

 理事長に言われ肩を落とし、首を振った。

「いえ。私、単純にがさつなのだと思います」
「お前が気にしている件は記憶にないが、がさつなのは同意する」

 香月先生は言い放つと、腕を組んで目を伏せた。

「ほかに適任はいなかったのですか」
< 18 / 119 >

この作品をシェア

pagetop