甘く香るあなたと、唯一無二の。
* * * 


 西日でビル群がきらきらと輝く中、私達は缶コーヒーで乾杯をしていた。

 フェンスに寄りかかった一ノ瀬課長は穏やかな表情をしている。

 風が吹いた。日射しを浴びて金色に揺れる一ノ瀬課長の髪の隙間から、あの香りがふわりと私の頬を撫でる。

 今日いちばん甘く、濃い、恋の匂い。

「奈々子が好きだ」突然の言葉に、息が止まった。いつも鋭い瞳が、今だけ少し潤んで揺れている。

「一所懸命な部下だと最初は思ってたんだ。だけど、どこかいつか折れそうに儚くて。そんな弱い部分を俺が守りたいって思うようになった。ま、ただ守られるだけの奴じゃないってところにも惹かれた」そう言ってくすくすと笑う姿は少年みたいだ。

「私も……一ノ瀬課長のことが、好きです」想いがこぼれてくる。「最初は、怖い上司だと思ってました。でも、一ノ瀬課長は私を認めてくれて、信じてくれて……」涙が、溢れた。


 嬉しくて、嬉しくて、止まらなかった。


「泣くなよ」一ノ瀬課長が、親指で私の涙を拭った。

「で、これから、どうする?」

「え?」

「俺たち、上司と部下だぞ。このまま付き合ったら、色々と問題や面倒なことが——」

「大丈夫です」私は、はっきりと言った。

「どんな問題も、一緒に乗り越えます」一ノ瀬課長が、柔らかく笑った。

「……強くなったな、お前」

「一ノ瀬課長が、強くしてくれたんです」

「なら、これからは二人きりの時は下の名前で呼んで。お前、俺の下の名前知ってるか?」からかうような口調に私は反撃する。

「知ってますよ! 海斗、さん」顔がかぁっと熱くなる。

「さんはいらない」そう言うと同時に抱き締められた。私の大好きな、そして唯一無二の香りに包まれる。

「海斗」名前を呼ぶと、胸がいっぱいになった。もう言葉はいらなかった。海斗の瞳に私が映る。その特別感に酔いしれていると徐々に近付くお互いの顔――唇が触れあう瞬間、「大好きだ」と囁く声は胸がいっぱいで上手く聞き取れなかった。


 それでも、私が恋をした甘く優しいフローラルな香りに包まれて、今この瞬間、私は世界一の幸せ者だと思った。


(完)



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