甘く香るあなたと、唯一無二の。
 * * *
 
 
 一人暮らしの家に到着してのんびりしていると、スマホが震えている事に気付く。母からの着信だ。一ノ瀬課長に怒られるのは日常茶飯事だとしても、帰りに泉と会うは、母から着信がくるは、もしかして今日は厄日かな。嫌々ながらもスマホをタップすると、「もしもし」を私が言う前に母の声が聞こえた。

「もしもし? 奈々子? あなた、年末の詩歌の結婚式にはちゃんと帰って来て出席するんでしょうね? 妹からの結婚式の招待にいつまでも返事しないなんて相変わらず失礼な子ね」
「ごめんなさい、少し仕事が立て込んでて、忙しくて返事が遅くなってしまっ」私の言葉をばっさりと切るように母の冷たい声が届く。
「言い訳はやめてちょうだい。詩歌はあなたより忙しい研修医をしているのにしっかり結婚式へ向けて着々と準備しているのよ? あなた姉として恥ずかしくないの?」
「ごめんなさい……」心が急速に冷えていく気がした。
「詩歌には私から出席だと伝えておくから、これ以上詩歌の迷惑にはならないようにね!」


 言いたい事だけを言って切れた電話にため息を吐きながら、スマホを机の上に置く。母のああいう物言いにはもう慣れっこだ。


 人は生まれながらにして不平等だと、私は痛いほどに知っている。私には一歳違いの妹、詩歌がいる。同じ両親から産まれたというのに、昔から母は何故か詩歌ばかりを可愛がる。

「詩歌は綺麗な顔立ちをしているのに、奈々子はねぇ」
「詩歌は勉強が出来るうえに運動も出来て凄いわね。それに比べて奈々子は誰に似たんだか」
 お母さん、なんで詩歌ばっかり見るの?
 お母さん、私の方も見てよ。

 父親にもそれとなく相談した事は何回もあったけれど、困ったように眉を下げるだけではっきりとした理由は教えてくれなかったし、母親の妹に対する猫可愛がりを止めることも無かった。だから、家族というものに対して期待する事をやめるのは人より早かったように思える。思春期や反抗期というよりも無関心。私の家族は父と母と妹が居るけれど、それは形だけで誰も私の事なんて興味はない。


 そう見切りをつけてからの行動は早かった。
 家から通えない大学に猛勉強の末進学し一人暮らしを始め、バイトを必死にして生活費を稼ぎ自立を目指した。バイトと勉学の両立は厳しかったけれど、それでも一人で築き上げた城では実家にいる頃とは違い、深い呼吸が出来た。自分の力で自分の生活を守れる実感が出来た時、私は家族と距離を置く術を得たと思えた。


 それ以来、片手で数えられるくらいしか実家には帰っていない。
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