Un BUTTER






「あ、会社にリップ忘れてきちゃったー」

「えっ、あっ、僕もエラーで会社戻んなきゃいけないから、一緒にいこうか刈谷さん!」

「っもうシステム管理部しっかりしてよー。新年度切替でも年度が更新されてなかったじゃん?伝票の積載量が容量超えてきたんだからー!」

「そんなことある?!」

「あるよー!私の脳内メモリ爆発したもん!」

「いい加減ネットワークストレージ設置してもらうよう申請しないとな、でもまたセキュリティ問題でバタバタしそうだし……ってそっち?!」

「え?そっちってどっち?」
 
 
隣から聞こえてくる男女の攻防戦は、圧倒的刈谷の勝利だった。

経理部もシステム管理部も、インボイス制度に伴う電子化により、昨年度よりも忙しない日々を送っている。そんな中でようやく開催されたのがこの同期会だったらしい。

久々に刈谷とゆっくり顔を合わせられた大輪田くんにとっては、またとない機会だ。必死になるのも無理はない。


六神は両腕をまくらにして寝ている。

疲れているのかもしれないと、皆で起こさずにいた。私も、その柔らかい髪に触れてしまいそうな距離にいて、お新香という塩分で邪念を払うのに疲れていた。

ちなみに池駒はさっき帰って、まゆゆは今日は彼氏のうちにお泊りだからと30分ほど前に帰って行った。


「じゃあ実来さん、僕たち会社戻るから。」
「ぱるるん、ゲロりあんでフューチャーしないでね〜。」


結局刈谷と大輪田くんは、一緒に居酒屋を出て行った。


残るは目の前で酔い潰れている六神と、酔いに任せて取り乱さないよう気を付けていた私。

わざわざ私たち二人を取り残すなんて、まことしやかに計画的作為を感じるのは気のせいだろうか。だからといって、そのような皆様のご厚意に甘えないよう、私は残されたお冷を一気に飲み干した。


おろしたての腕時計は今にも23時を指そうとしている。終電もあるから、とりあえずかばんを持って会計へと向かう。


レジ前ではスーツ姿のおじさんグループが、しゃがれ声を上げながら奢り合戦を繰り広げていた。

会計待ちの時間を使って、スマホから六神に端的なメッセージをお見舞いする。


『先帰るわ。来週ちゃんとお金返してね。』


一般常識からいって、せめて起こしてから帰るべきなのだろう。でも六神の「かのじょにあいてー」発言により、私は心を鬼にせざるを得なかった。彼女に会いたいなら彼女に迎えにきてもらえばいい。

私が送って行ったところで、辛い思いをするのは目に見えていた。

皆が置いていったお金と自分の分、そして六神の分を長財布から取り出す。


会計が終わってもなかなか動こうとしないおじさんたちに、どうしたもんかと虚ろな目で見ていると、一人のおじさんが「お。」と振り返り私を見た。


「華金に独り飲みかあ?寂しいな〜!」
「あ、はは。いやあ、友達がみんな帰っちゃいまして。」


煙草とアルコールに輪をかけ、加齢臭を消す香水の臭いまでもが嗅ぎ取れた。

笑ってやり過ごそうとすれば、おじさんに「薄情な友達だな〜」と言われ、その通りだと思い、「そうなんですよ〜。」と、無視すればいいところを思わず返してしまった。


「いくらだ?金だしてやる!」

「え、ええっ?!…いや、さすがにそれは駄目ですよ!」

「いーからいーから」


おじさんが無理に、万札三枚を手渡してくる。私が掌で押し返すように「無理です無理です!」と断っていると、後ろから新たな酔っ払いが絡んできた。


「おれがはらうんで、いらないっす」

「えあ?おー、にーちゃん背ぇたけえなあー!」
 
「ご厚意だけもらっとくんで」


後ろから腕を回され、そのにーちゃんの方へと引き寄せられる、私。


「友達かえっても彼氏はおったんかあ!」

 
おじさんらの中のまともそうな人が、「まあええから」となだめながら、万札おじさんを連行するように外へと連れて行った。


< 15 / 66 >

この作品をシェア

pagetop