Un BUTTER
てっきり、あの別れた原因であるくだらない喧嘩のせいで、嫌われたもんだと思ってた。
でも社内公認も手伝ってか、実来は会社から駅に向かう帰り道でも、こうして平然と俺に話かけてくる。開き直っているのか、元からとんでもない阿呆なのか。
隣を歩く実来は背伸びをしない。
例えば一課から三課のフロアには、陽に当たるとピンクやらブルーが垣間見える茶髪で、毛先をゆるく巻いた女性社員たちがはびこっている。
周りに引けをとらないよう、必死に背伸びをする20代前半の女。もしくは必死こいて老いに逆らうアラフォーの女。
それで本人の精神的なもんが保たれるなら、それはそれでいいのだろう。
でも実来春風はフラットシューズで、大学時代から変わらないブラウンのミディアムヘア。諸問題に迅速に対応するためのシューズにパンツスタイルで、髪はぎりぎり結べる長さにしているらしい。
どちらかと言えば、可愛くて強そうにみえる女だが、実際は阿呆でとろいタイプ。
実来は身の丈に合った生き方をしているのだろう。
でも一番の阿呆要素は、この変わらない外見。
俺と別れた後だってのに何一つ変わらない。女は失恋したら、髪を切るだのカラー変えるだの、太るだの痩せるだの服装のタイプを変えるだのするもんだろう。
実来は俺とのことなんて、全く響いていません。というように、付き合う前となんら変わりない生活を送っているようで。
お元気そうでなにより。
「あ、六神、スマホ震えてる?」
「あ?……ああ、」
ズボンのポケットに入っていたスマホを取り出すと、今俺の中で一番の懸念材料からの電話だった。しかもすでに着信が二件入っている。
実来にみられている手前、出ない選択肢が有力候補だったが、その懸念材料を怒らせた後の煩わしさが目に見え、仕方なく通話マークをスライドする。
「……なんですか。」
『ちとくんっ?!今どこ?』
「は?今、もうすぐ駅」
『ねー今からうち来てー。美味しいご飯食べ来てよー!』
「…えー…今からかあ」
週のド真ん中くそだりい。
『19時までに必ず来てね?』
「はいはい」
路線真逆の場所まで行って帰るのだるいわー。
『え、なに?今日やたら素直じゃない?』
「いつもお利口なんでねボク。」
『ふーん…なんかムカつくー』
「そらどうも。」
実来のニヤついた顔が目に入る。スマホの持ち手を持ち替えた。
『捨て台詞のように“好き”って吐いてから切って』
「…………は?」
『ねえいーでしょー?恋人同士じゃん!たまには艶っぽいこと言ってよー』
「……“艶っぽい”。」
『ああも~いーやー』
そう言ってすぐに切られた。
いつもより声色が、なんていうか甲高い上に若い。女の勘ってこれだから恐怖でしかない。
スピーカーにしていなくとも、言葉の端々は届いていたのだろう。実来の耳に。
「え〜、あれあれ〜」
実来が、スマホ画面を見る俺の手の下から覗き込んできた。奥二重の色素が薄い丸い瞳。嫌味ったらしい顔してんのになんでか糞かわいい。
「今のって、もしかして??」
この数秒で色々悩んだが、ある意味これって、実来の嫉妬を煽るためのいい作戦になるんじゃないのかと思った。
「もしかしなくとも彼女。」
「きゃー!おめでとう六神!」
きゃー!ってなんだ。長年片思いしてた女友達の恋が成就した時のやつでしかない。
「へー告ったの〜?それとも六神が仕向けたの〜?」
今お前に仕向けてるんですけど。
元カレの今カノ宣言にきゃーきゃーはしゃぐ元カノ。ふーん、なんかムカつくー。
「どんな娘どんな娘?二次元?三次元?」
「二次元てなんだ。今の通話はChatGPTか。」
「えー何歳?女の子?男の娘?かわいい系?きれい系?」
「29歳女のアラサー、綺麗系で強そうな毒時々エスパータイプ。」
「うっそ?!どっちかっていうと年下で可愛い系の声だったじゃん!」
年上で可愛い声とか萌えるわー。という実来にムカついた俺は、スマホに入っていた彼女の画像を見せつけてやった。
口端を小さくあげて顔を20度傾けた、黒髪で一見清楚な彼女の自撮り画像。勝手に俺のスマホで撮りやがって。加工を使わないアラサーの荒技にいやでも尊敬の念を抱くやつ。
「ええー!さらに意外!清楚系じゃん!!」
「体内で毒キノコ栽培してるけどな?」
「そこがいいんじゃん!そういう女が時として弱さを見せるのがたまらないんじゃん!」
やるな!ハイパーレアゲットだぜ?!、なんて実来に背中を叩かれて、もうどうでもよくなった。二次元はお前の頭の中身だと俺は思う。
“そういう女が時として〜”のくだり、そっくりそのまま言い返してやりたい。
お前みたいな女がハイパーレア並にみせる弱さに、男は一瞬にして心を奪われていくんだよばーか。