Un BUTTER
「ちょ、なにしてんの六神っ」
「おいてくなし」
「は?」
「おれを おいてくなってーの」
「……」
う、わ。
腕まくりによりくしゅっとした白シャツが、中途半端な位置で留まっているのを確認できた。
その乱雑そうなシャツから伸びる腕が、少しだけアルコール反応により染められていて。
その腕に触れられた箇所がやたら熱い気がして、わざとらしく「熱ある?」なんて聞いてみたり。熱あるのはどっちだ。
「ちょちょちょっと、離れてよ」
「どきどきしてんね」
「は、はあ?」
「ぜってーいま、みらいはどきどきしてる」
なに言っちゃってんのこいつ。大当たりだよちくしょう。
腕を引き剥がそうとするも、六神がよろけるせいで剥がせられない。
さすがに別れてからというもの、ここまでの密着はなかったから、私も翻弄されるあまりよろけそうになる。
「ちょっとまっ!ただでさえでかいあんたに寄っかかれたら私しぬ!」
半ば大げさに六神を突き放し、レジ横の長椅子に座らせた。
「ったく、彼女に迎えにきてもらいなよ!スマホだしてスマホ!」
「……zzz」
「ちょっと!っもう」
店員さんが「あの、こちらお忘れではないですか?」と六神のかばんを持ってきてくれた。
「まー手のかかる六神ちゃんでちゅねー」
「ちゅんちゅん」
「はいはい。」
どうもポケットには入っていないらしく、今度は勝手に六神のかばんの中身を漁る。
ブランドもののビジネスバッグとかふざけてるな、と舌打ちをしたところで、ようやくスマホを取り出した。
「ちょっと、指紋認証じゃん!指貸して。」
「なにゆび?」
「なんでもえーわ!」
「こわー」
だらしなく椅子に垂れ下がる六神の手を無理やり持つ。
六神が、スマホを持つ私の手首を掴んだ。
「ちょ、ちから、つよ!」
振りほどこうにも。この酔っ払いは私に手加減などしないらしい。六神の重そうなまぶたが、ゆっくりと私を見据えようと動く。
「みらいでいいから、送ってって」
「……は?」
「うちまで、きてよ」
「あんたんち行ってから帰ってたら、遅くなる」
「とまってけば?」
はあ"?
私のまぶたも一瞬にして重力を感じた。目を細め、六神を全力の白け顔でにらみつける。
“でいいから”ってなんだ。じゃあ本命に頼めよばか。
「かのじょ、実家かえってていない」
「……ちから強いし元気じゃん。一人で帰れば?」
「なにキレてんの。」
こんなの、キレない方がおかしい。
自分の言ってること、わかってる?
いい加減涙が出そうだ。人前でなんて絶対に泣かないって決めてるのに。
「しっと?」
「ちがうって。私が…送ってったらさ、彼女さんに、悪いじゃん」
涙まじりの声になったこと、六神に気付かれてないかな。
器用じゃない私。背伸びしようとしても、確実に不器用にしか生きられない私。
六神の膝上にスマホを落とし、手首を振りほどく。
「帰る」
こんなお店の待合スペースで痴話喧嘩みたいなことしてても恥だし迷惑だ。さっきの騒がしいおじさんたちといい勝負じゃん。
居酒屋の格子扉をスライドしようとした。
でも、外の冷気に誘われるよりも、背中に感じる温かなそれに、どうしようもなく私は躊躇してしまう。
「う・そ。」
六神の冗談めいた声が、私の鳴かないフラットシューズを引き止める。
「みらいがいいから、送ってって。」
必死こいてない、気だるそうな声で。
「みらいはるかが、いいから。」
嫌味で余裕な六神でしかないのに。そんな甘えたこと言われたらさ。
無理じゃん。そんなの。
「……今更、おそい。」
「うん。俺がばかだったし、お前もばかだし」
「……」
「まあ?どーしてもいやっていうなら?」
「……いや、……じゃ、ない。です、」
「だろーなあ」
「……」
「あれだけおれに迷惑かけておいてー、おれが酔ったらかえります、なんてさー」
「……」
そういうことじゃないんですけど。
そこまでは口にしなかった。