ビタースイート・ドロップ~次期社長の甘い嘘~
 それでも、沓澤課長は変わらない。
 八月末。季節は夏を過ぎ、秋に差しかかろうとしている。私の気持ちだけが、あの夜に置き去りにされたきり。

『久しぶりね、奏』

 親しげな、それでいてわざとらしい声を思い出す。
 沓澤課長は否定した。彼女とはなにもないと言った。でも、それは嘘だった。ふたりが以前付き合っていたと聞いた、そう指摘したとき沓澤課長は苦々しい顔をしていた。十年以上前の話だ、と言い訳がましい言葉まで口に乗せた。
 嘘ばかりつくわりに案外ボロを出しやすいんだな、と思う。引っかけに弱いというか、詰めが甘いというか……失礼かもしれないけれど、社長と話しているときにもそういう印象を抱くことはあった。

 けれど、沓澤課長が嘘をついたからといって、だからなんだっていうんだ。
 私と沓澤課長は付き合っていない。私は、彼の元恋人である菅野さんのような人からの干渉に対しても、きっと効果的な存在なのだ。私が傷つくか傷つかないかは別として。

 ……傷つく?
 私が? なんで?

 沓澤課長の女性関係がどうであれ、それが私を傷つける要因にはなり得ない。
 私は頼まれて彼の恋人を演じているだけだ。それも、普通の恋人を演じるわけではなく、曖昧な態度を取り続けることで噂を白熱させるための係。
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