ビタースイート・ドロップ~次期社長の甘い嘘~
     *


 沓澤課長は、私たちの関係を終わりにしようとは言わなかった。私もなにも切り出せなかった。
 解放されたいわけでも、終わりにしたいわけでもない。今のままがいいだなんて、自分のご都合主義にはもう溜息も出ない。

 どんな顔で出社すればいいのか、近頃はほぼ毎日悩んでいる。
 彼の出張期間中とは真逆の悩みに、私は日々グラグラと揺れ続けてばかりだ。そんな私とは対照的に、沓澤課長の態度は一切変わらない。
 沓澤課長が長期出張から戻ったタイミングに合わせて再燃していた例の噂も、だいぶ下火になった。既出の噂だからか、初めて広まり出した頃に比べて鎮静は早かった。

 元々が、他人の恋愛事情にスポットの当たった、真相の判然としない噂だ。ああでもないこうでもないと、格好のゴシップネタに沸き立っていたうちの大多数が関心を失ったと思われた。
 それでなくても、ひとときの噂なんて、新しい話題が出てくればすぐさま過去のものとなる。

 ただ、一部の女性陣――沓澤課長に特別な感情を寄せる人たちは違った。
 直接は問われない。そこまで至ったことはまだない。けれどそれは単に運が良いだけにも思えるし、悪意のこもった視線を受け止めるだけでも精神的なダメージは大きい。
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