ビタースイート・ドロップ~次期社長の甘い嘘~
 ほどなくして、一軒の賃貸マンションに到着した。
 二〇一号室。角部屋だ。メモに記された部屋番号をじっくり再確認してから、インターホンに指を伸ばす。

 ピンポーン。
 音がしてからたっぷり十秒が経過して、もう一度押してみようかと再び指を伸ばしたところで、内側からガチャガチャと解錠される音がした。

 心なしか焦りの滲んだ音に聞こえ、なんとなく溜飲が下がって、でも。

「えっ……」

 ガチャリと開いたドアの隙間から見えた姿に、私は言葉を失くした。
 焦りきった顔で出てきたのは、黒の上下ジャージ姿に黒縁眼鏡、加えて思いきり寝癖がついたボサボサ頭の沓澤代理だった。

 だ、誰だ、この人。
 瞬きも忘れて相手を見つめて数秒、直後に手元のメモを震える指で確認する。
 二〇一号室。間違いない。間違っては、いない。

「すんません、あの、着替え間に合わんかった……」
「い、いえ」

 掠れてはいるけれど、声はしっかり沓澤代理だった。間違いなく本人だ。
 沓澤代理でもジャージとか着るんだな、という率直な感想がおそらく顔に出た。眼鏡の沓澤代理は露骨に顔をしかめながら、忌まわしそうに私の手元を眺めている。
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