ビタースイート・ドロップ~次期社長の甘い嘘~
 さっきよりも表情がやわらかい。楽しそうにさえ見える。
 なんだろう。数種類、缶ごと飴を持ち歩くOL……そんなに面白いだろうか。まぁ面白いかもしれない。

「なに、あんたその缶全部いっつも持ち歩いてんの?」
「そ、そうです。日替わりで」
「缶ごと?」
「缶ごとです」

 努めて真面目に答えると、堪えきれないとばかりに沓澤代理が笑い出した。
 あはは、と声を出して笑われて、本当なら恥ずかしさや笑われたことに不快感を覚えてもいいはずが、屈託なく笑う相手に目が釘づけになる。
 ダルダルの服装と見慣れない眼鏡、猫背気味の背中、若干嗄れた声……錯覚しそうになる。

 誰だっけ、この人。
 本当に沓澤代理なのかな、と訝しく思った、そのとき。

「じゃあゆず、ちょうだい」

 は、と吐息を落とした形のまま、私の口は露骨に固まってしまう。
 目が合った。沓澤代理は訝しそうで、私だけが驚きに目を瞠っていて、いけない、と遅れて思う。

「それ。柚子……はちみつ、だっけ? 喉に良さそうだし」
「っ、は、はい」

 慌てて缶を持ち直し、残りのふた缶をバッグにしまう。
 柚子はちみつ味の缶の蓋を開けつつ、走った動揺をごまかした。ごまかしてもごまかしきれないと分かっていて、それでも平静を保たなければと、それだけで私の頭はいっぱいになる。
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