各務課長が「君の時間を十分ください」と言った結果
「私の……です。すみません」

 慌ててカフェを飛び出したので、足元の荷物をすっかり忘れていた。弁当を作ったと慎士に主張しておきながら、肝心の弁当を持っていないのに気づかなかったなんて、どれだけ必死だったのだろう。「ふっ」と笑いが漏れる。

「それ、中身はお弁当なのですが、よかったらもらってくれませんか?」

 突然の私の申し出に、課長が目を丸くした。

「いいんですか?」
「はい。もし食べられなかったら捨ててもいいので」

 正直今はお弁当を見るのがつらい。今朝早起きをして、慎士を思いながら一生懸命作った。家に帰って泣きながらゴミ袋に入れるよりは、私の見えないところで誰かに処分してほしかった。

「嫌です」

 冷たい声に頭からサーっと血の気が引いた。
 いくらなんでも生ごみ処理を上司に押しつけるなんて、失礼にもほどがある。温厚な彼を怒らせるのも当たり前だ。
 そもそも付き合っていた相手に『誰がそんなもん食うんだ』と言われた弁当を、上司に押しつけるところから間違っていたのだ。

「ですよね……すみませんでした。自分で持って帰ります」

 言いながら保冷バッグを受け取ろうと手を伸ばしたら、ひょいと持ち上げられた。

「だめ。これは俺がもらったものなので、どうするかは俺が決めます」
「え? だって今、『嫌です』って……」

 わけがわからなくなりながら課長を見上げたら、真顔で見つめ返される。

「嫌なのはこのお弁当を食べられないことです。佐伯さんの手料理をいただけるせっかくのチャンスなのに、捨てるなんてありえません」
「チャンスって……」

 まるで私の料理をずっと食べたいと思っていたような口ぶりだ。
 いやいや、そんなはずがない。彼はきっと私をからかっているだけなのだ。
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