大好きだった元彼と再会しましたが、私はもう結婚しています。

 ベッドの灯りを落として目を閉じると、アルコールのせいもあって眠気が襲ってきた。
 ウトウトしていたら夢を見ていた。

 ——初めて穂高を見た日の夢だ。

***

 七年前、アメリカに渡って最初の年。サンディエゴ・コンベンションセンターの広いホール。

「日本人でこんな人いるんだ……」
 
『上廻穂高』という名の研究員の基調講演が終わった瞬間、私は思わず小さく呟いていた。
 隣の席にいた同じ大学の同期のジェシーが、肘で私をつつく。

「ほんとだよね。あのレベルの発表、天才って言葉使っても許されると思うよ。同じ日本人として誇りに思うだろう」
「誇りっていうか……尊敬とか憧れかな」

 私は席に座りながらも、心臓がずっと落ち着かなかった。

 穂高の講演テーマは、腸内細菌と脳神経の双方向性を解き明かす腸脳相関研究。しかも、食品への応用まで見据えた内容だった。

 あの発想、どうやったら思いつくの?と聞きたくなるようなおもしろいアプローチばかり。

 そんなことを思いつく人間がサンディエゴにいた。しかも日本人だ。

 気づけばうずうずがとまらず、私は立ち上がっていた。

「ちょ、チヒロ⁉」
「ごめん、行って会ってくる!」

 ジェシーの制止を振り切って、私は会場の外へ駆け出した。
 この機会を逃したら一生後悔する。そんな直感だけが私を動かしていた。

 ホールの裏側、スタッフ用の出入口。研究者たちが移動する動線。
 そこに人だかりが見えた瞬間、胸が高鳴った。

(絶対、あそこだ!)

 私は人混みに飛び込み、大柄な研究者たちの間をなんとか押し分けて進んだ。

「ひゃっ!」

 誰かに押されて前につんのめり、膝をつく。

「いた……」

 けれど、そんな痛みはどうでもよかった。早くしないといなくなっちゃう!
 顔を上げたその瞬間、手が差し出された。
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