大好きだった元彼と再会しましたが、私はもう結婚しています。

 帰宅してしばらくした頃、夜遅くに玄関の鍵がガチャッと回った。

「ただいまー」

 匡輔がネクタイをゆるめ、ふらっと入ってくる。
 お酒と香水の匂いが混ざって鼻をついた。

「遅かったね。接待?」
「あぁ、ホント大変だったよ」
「お疲れ様」

 そう言いながら、帰ってからなんとか作りあげた夕食に視線を落とす。

「……大変なのはわかっているんだけど、いらないならいらないって連絡ほしかったな。そしたら先に食べてたし、匡輔の分は作らなかったよ」
「突然の接待だから仕方ないだろ! 開発が作った商品をこっちが売ってやってるんだからいちいちしょうもない文句言うなよ!」

 思わず胸がチクリとする。
 でも、この喧嘩は無意味だ。これまで何度も経験したし、言い返しても何も解決しなかった。

「……ごめん」

 これが一番早く空気が良くなる方法。
 謝ると、匡輔はふう、と息を吐き、少しだけ落ち着いた声で続けた。

「そういやさ。新しい開発部の部長? なんだっけ……上廻ってやつ」
「うん」
「なんか、やたらみんな気にしてるみたいじゃん」
「あぁ……まぁ、女性社員がね」
「今日会ったよ。商品の件で」

 匡輔の声が少し低くなる。嫌な予感。

「ああいう研究畑のやつが、営業のこと何も知らねぇくせに偉そうに言うの、マジでムカつくんだよ」
「偉そうって……部長が? 本当に?」

 穂高の態度は「偉そう」とは真逆だ。すると匡輔は、当然だと言わんばかりに頷いた。

「視線とかさ、見下されてる感じがすんだよね」
「それは、身長でしょ。身長差あるし、仕方ないよ」

 言い終わる前に、匡輔の眉がぴくりと動いた。

「馬鹿な女ほど身長のある男に群がるよな」
「そんなことないと思うけど」
「今日女がめっちゃ騒いでたぞ。イケメンだーとか、スタイルがどうだとか。で、同じ部署で千紘さんいいな〜って言っててうるさいし」
「……誰が?」
「え? あ……あぁ、営業の女みんなだよ」

 営業部の女性がそんなこと言う姿が想像できないし、そもそも千紘さんなんて呼ばれてない。
 匡輔は続けた。

「みんな騒いでるけどさ、大したことねぇだろ。アメリカ帰りってだけでいい気になってんだよ。見た目がよくても、中身は分かんねーし。ああいうのはたいてい仕事できねぇタイプばっかりなんだよなっ」

 嫌な気持ちがじわっと広がり、つい口が動いた。

「部長は仕事できるよ」

 言った瞬間、空気が少しだけ固まった。匡輔は片眉を上げ、皮肉っぽく笑う。

「へぇ……なんでそんな断言できんの?」
「部署の初日だったけど、指示も的確だし、自分から提案するだけじゃなくて動いてくれるし……ちゃんとしてると思う。他のみんなも、安心して仕事できるって感じだった」
「ふーん……」

 あからさまに気分が悪そうだ。
 空気が重くなってきて、私は無理に話題を変えた。

「まぁ……瑞穂社長が部長だった頃から、開発部はずっとやりやすいんだけどね」

 匡輔はスマホをいじりながら、鼻で笑った。

「まぁどうでもいいけどさ。社長も女になるなんて、これからどうなんだろうな。俺、転職しようかな」
「え……転職考えてるの?」
「こんな会社より、もっとデカい会社がいいだろ?」

 言い方が嫌だな、と思う。向上心を持つのは悪いことじゃないけど……。

「……そうなんだ。匡輔が本気で転職したいなら応援するよ。選択肢も広いだろうし」
「あぁ。ま、俺は専門が狭いお前と違って、本気出せばいつでも転職できるからな」

 彼は満足げに笑い、テレビをつけて話を切り上げた。
 隣で私はぼんやりする。

 ――なんでこう、彼と話すと気持ちがしぼんでいくんだろう。

 せっかく仕事で嬉しいことがあったのに。

 高揚感がじわじわと冷めていく。
 聞こえないように小さくため息をつき、私は首を振った。
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