大好きだった元彼と再会しましたが、私はもう結婚しています。
終業後、ウキウキした気分のままロビーへ降りる。
「千紘さーん! 今日もお疲れさまでした〜!」
受付の美晴さんだ。
「美晴さんもお疲れさま。美晴さんも上がり?」
「はいっ! もう帰ります!」
キラキラ笑顔で身を乗り出しながら、声をひそめる。
「ところで千紘さん……どうですかぁ?」
「え、なにが?」
「部長ですよ、部長! 上廻部長! どうです? 一緒に仕事してみて!」
……またその話か。
でもここで急に否定するのも変なので、苦笑して答える。
「ん〜……仕事、すごくできる人だよ。落ち着いてるし、指示も的確だし」
「やっぱりーーっ!! 絶対そうだと思ってたんですよ〜〜!」
美晴さんはカウンターに肘をつき、夢見心地の顔で天井を見上げる。
「ああいう大人の男性っていいなぁ……。なんか、余裕があるっていうか……!」
「まあ……余裕はある、かもね」
昔から余裕はあったけど、昔に比べて今の方が余計に余裕を感じる。
「ね! で、で! 千紘さん、本当に彼女いないかどうか、それとなーく聞いといてください!」
「む、無理だってば。そんな会話できるわけないから」
「できますって! 千紘さんなら自然に聞けますよ〜!」
そんなわけない。……というか、誰より聞きたくないのだけど。
「じゃ、絶対お願いですからねっ!」
「えぇ、美晴さんも彼氏いるんでしょ」
「だからそれは別です。私の彼氏ね、私のことは大好きで結婚したいんだけど、しつこい女にまとわりつかれててなかなか結婚してくれないんです~」
私はふいに昔の穂高の言葉を思い出した。
――結婚しなくても一緒にいられるはずだ。
そう言って彼は結婚を完全に拒否した。
理由はどうあれ結婚に踏み切れない男性というのは多いのだろうか。
あの時の私は、結婚を決断できることが、相手が自分を好きな『大きさ』だと思っていた。
でも実際結婚してみたら、ちょっと違うように思うことも多い。
ぼうっと考えてしまった私を前に、美晴さんは椅子からくるんと立ちあがり私に手を合わせた。
「とにかく、お願いしますよ。じゃ、また明日〜! 私これからデートなんです〜!」
ひらひら手を振って、ロッカーの方へスキップしそうな勢いで駆けていく。
その背中はいつも通り心底楽しそうに見えた。