大好きだった元彼と再会しましたが、私はもう結婚しています。
夕方、資料を持ってきた研究機材業者に会いに一階出て、資料を受け取り終わったとき――
「おい、千紘」
聞き慣れた声に振り返る。
匡輔だ。ちょうど営業から帰ってきたようだ。いつも通り、私の具合の悪さなんて気づく様子もない。
「今日、遅くなるからな。夕飯いらね」
「……わかった」
「お前がうるせえからさ。先に言ってやって、俺っていい夫だよな」
私が悪者なのか。
そう思いながら、首を縦に振った。どうしても思考が暗い。
「じゃあな」
私は頷いて踵を返す。すると、後方から甘えたような笑い声がした。
「あ、坂下さん〜! おかえりなさ~い!」
美晴さんだ。
思わず来たエレベーターには乗らず、身を隠してしまう。
二人もまた、受付から少し離れたところで身を隠すように話し出した。
「今日もうち来ますかぁ?」
「あぁ、そうするわ。家帰っても楽しくもないしな」
「奥さん、自分が邪魔者だって全然わかってないみたいですよねー。気づかないふりしてるのかなぁ。ほんと、いつ別れるんですか。早く別れちゃえばいいのに」
「まぁ、いつでも。別にもう必要ないし」
「えーじゃあ明日とか!」
「さすがにそれはまだ早いだろ」
匡輔の笑い声が聞こえる。
ぐっと胸が詰まった。なんだか色々な感情が込み上げる。
――と、その時。
私の横で、誰かが立ち止まる気配がした。
穂高だった。
彼もちょうど戻ってきたところらしい。
たぶん全部聞いてはいないだろうけど、隠れている私に、こっそり話している二人。
何かに気づくには十分だ。
穂高の眉が下がった。
穂高に知られたことが妙に恥ずかしくなる。
それに、ふたりはあんなに堂々としていて、私がコソコソしていたことが……。そして幸せだと言った中身がこんなことで情けなくなった。
私は視線を落とし、黙って早足にその場を離れた。
匡輔と美晴さんの浮かれた笑い声が遠くで聞こえる。
(ホント何やってるんだろう、私……)
逃げるようにエレベーターへ乗りこむ。
恥ずかしさと、情けなさと、悔しさで、ぐちゃぐちゃだった。