大好きだった元彼と再会しましたが、私はもう結婚しています。
会場を抜けて、ホテルの通路に出た。
静かになったせいで、後ろを歩く穂高の足音や息遣いが必要以上に耳に入ってくる。私はとにかく前だけを見て、歩幅をできるだけ大きくした。
「そんなに急ぐと、また転ぶぞ」
「……転びません。もう送らなくても大丈夫なのでここでいいです」
「『社長命令』だろ。俺さ、姉さんに逆らうとあとで何されるかわからないんだぞ。優しそうに見えて、昔から俺に対してだけはかなり凶暴なんだからな」
思わず瑞穂さんの顔を思い浮かべて笑いそうになる。
(いや、今笑ってる場合じゃないな……)
アルコールでうまく動かない頭の中で、一刻も早くこの人から離れないといけない、という危険サインだけが点滅している。
「千紘」
名前を呼ばれて、私は思わず立ち止まってしまった。振り返りたくないのに、身体が勝手に反応する。
後ろで立っていた穂高は私が振り返るなり幸せそうな笑顔を浮かべた。
「ずっと会いたかった」
「……っ」
ぐっと唇を噛む。言いたいことはいくつもあった。
でも、言ってもどうにもならないことは飲み込むことができるくらい、私も成長した。
なのに勝手に穂高は続ける。
「千紘が元気そうで安心したよ」
「そう、ですか。でももう気になさらなくていいです。私は元気ですし、もう、あなたとは昔の話ですし」
「スマホも変えて、連絡も取れなくて……。でも、今、うちの会社にいるって知って驚いた。千紘にもう一度会いたいって思ってうちに戻ってきた部分もあったんだ」
とりあえず、心臓に悪いことをさらっと言うな。
鼓動が速く鳴るのを無視して、私は顔を背けた。