大好きだった元彼と再会しましたが、私はもう結婚しています。
「……とにかく、私はもう帰ります。タクシーも自分でつかまえられますから」
「だめ。酔ってるだろ」
「酔ってません!」
語尾だけ気合いが入ったが、足元がふわっと揺れる。穂高がすかさず腕をとって支えた。
「ほら、やっぱり。今も、お酒、好きなくせに弱いんだ?」
「……離してください」
「離すのはいいけど、久しぶりなんだ。少しくらいちゃんと話をしない?」
「する必要がありません」
冷たく言ったつもりなのに、穂高はまるで気にしていない。むしろ一歩、距離を詰めてくる。
「千紘のこと……ずっと聞きたかった。日本に戻ってからどうしてたのかとか、あの時なんで——」
「上廻部長」
役職で呼んで、私は強引に会話を遮った。
言わなきゃ終わらない気がした。これできっとちゃんと本当に離れられる。
「……私、去年、結婚しました」
穂高の表情が、ほんの一瞬だけ固まった。
「……そうか」
彼の瞳が私の左手に落ちる。そこには、私の結婚指輪がある。
「おめでとう」
「ありがとうございます。なので本当に、もうプライベートで話すことはありません。過去のことですから」
言い切って私は後ろを向いて、歩き出した。
「千紘」
今度は足を止めずにそのまま歩いた。振り向けば揺らぐ。
「幸せでいるんだよな」
「……はい」
なんとか声は震えていない。穂高はそれ以上追及しなかった。
ただ、少し間を置いてから……
「そっか。なら、よかった。明日から仕事ではよろしくな。部下として、期待してる」
「はい」
背中越しに答えて、私はホテルの玄関でタクシーに乗り込んだ。