大好きだった元彼と再会しましたが、私はもう結婚しています。

 その夜、家に戻った私は、匡輔がまだ帰ってきていないことを確認してからお風呂に入った。
 湯船から上がって服を着たころ、玄関が開く音がした。

「ただいま。腹減った」

 外泊なんてなかったように、あまりにもいつも通りだ。
 私は少し戸惑いながら、疑問を返す。

「え、まだ食事してないの?」
「いや、少しは食べたんだけどさ。あんま美味しくなくて食べた気しないだけ。なんか作ってよ」

 本当に接待だったのかな、と思った。

 けれど彼の身体からふわっと立ちのぼるシャンプーの香り。そして、ほのかな香水に、今日も一緒にいたんだ、とわかる。

 そしてふいに頭の中で、あの言葉がよみがえった。

 ――いつ離婚してもいい。
 ――あんなのいらない。

 いらない人間に、よく平然と作ってもらおうと思えるな。むしろ家事ロボットか何かだと思っているのだろうか。

「ごめん、私もさっき帰ってきたところなの。疲れてるから寝るね」

 私が言うなり、彼の眉が不機嫌そうに寄った。

「は? 何言ってんだよ。嫁が家事放棄とか、完全に舐めてるだろ!」
「匡輔も、自分で料理できたほうがいいと思うよ。私がいない時とか、どうするの?」
「は? 全部お前がやればいいだろ! それが結婚して嫁になった責任だろ! 責任も取れない馬鹿か!」

 匡輔はイライラした様子で、テレビのリモコンを床に投げつけた。
 ガンッと激しい音が響き、転がる電池が床の上で跳ねる。

 私はその光景を、ぼんやり見つめていた。

 これまでは言葉だったが、物に当たるなんて初めてだ。
 そして、ふいに悟った。

(この家では、私が反対意見を言うと、これが答えになるんだ)

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