大好きだった元彼と再会しましたが、私はもう結婚しています。
1章:私の結婚生活と、あの日の出会い
自宅は会場だったホテルの駅から五駅先で降り、そこからバスで五分の1LDK。
ドアを開けると、部屋は静まり返っている。
今日は休みのはずの夫――坂下匡輔は外出しているらしく、まだ帰っていなかった。
着替えながら、さっき会った穂高の声が、ふいに頭の中でよみがえる。
――幸せでいるんだよな。
私は今、住む場所があって、食べることもできて、仕事もあり、夫もいる。
それは客観的に幸せと呼ばれるものだと、頭では理解していた。
匡輔は私と同じフォレスティア飲料に勤めている。
大きな会社だから社員全員なんてもちろん知るはずもなく、その事実を知ったのは、母からの紹介がきっかけだった。
母が働く小さな不動産会社の社長の息子。それが匡輔だった。
社員は母と社長と、そしてパートの三人だけの小さな会社で、私は彼の存在を知らなかったが、どうやら匡輔は以前から私を知っていたらしい。
母にすすめられ、一度だけプライベートで会った。
そのとき匡輔は、自分の父親がどれだけシングルマザーの私の母を金銭面で支えてきたかを、延々と語ってきた。
確かに、私の留学そのものは大学負担でも、細かな生活費は母が出してくれた。アルバイトをしようとすると「勉強に集中しなさい」と言われ、母はどうにか捻出してくれた。
今思えば、急な出費もその社長に頭を下げてくれたのかもしれない。
――だから、母は断りきれなかったのだろう。
そう思うと、彼と会うことになった経緯にも納得がいった。