辺境に嫁いだ皇女は、海で真の愛を知る

ファティマは朝から深夜まで書類に向かい、
侯国の破綻寸前の政治を
ギリギリで繋ぎ止めた。

数週間が経ち、
やっと——やっと山を片づけたある日。

ファティマは肩で息をしながら
椅子にもたれた。
（……終わった……やっと……）

少し横になって休もうと
自室に引き上げようとしたその時。

「ファ、ファティマ様……！
　奥様……その……」
侍女たちがなぜか自分を
必死に引き留める。

彼女たちの視線の先には、
ドノヴァン侯の愛人。
彼女の腹は大きく膨らんでいた。

「お仕事ご苦労様です、ファティマ様。」
彼女の勝ち誇った顔。
侯の腕に寄り添い、
愛おしそうに腹を撫でている。

「侯は……もうすぐお父様になるのよ。」

それを聞いた瞬間、
ファティマの視界が揺れた。

ファティマは震える声で夫に向かう。
「……どういう、ことですか。」

侯は鼻で笑う。
「どうもこうも、お前が勝手に消えたからな。
　寂しさを慰めていただけのことだ。」

「勝手に……消えた……？
　あなたは私を見捨てて、自分だけそそくさと帰ったではありませんか！」

「うるさい。
　そうだとしても、戻ってきたのなら問題ないだろう。
　それに妊娠したのはめでたいことではないか。」

ファティマの中で、何かが切れた。
「あなたは……私をなんだと思っているの!?
　政務は丸投げ、浮気は当然、私がいなくなっても気にも留めず……！」

侯は顔をしかめる。
「うるさい。お前は黙って働いていればいいのだ。」

「私は人形ではありません！！」

震える手で——
離縁状 をテーブルに叩きつける。

「これで終わりよ。
　もう二度と、あなたの妻ではありません。
　そこの愛する方とどうぞお幸せに！」