辺境に嫁いだ皇女は、海で真の愛を知る

捕らわれる侯妃、揺れる王子の決断

帝都に到着すると、
クレオール自らが2人を満面の笑みで迎えた。
だが、その笑顔はどこか不自然で、
底に冷たさが張り付いている。

「よくお戻りで、姉上。……いえ、侯妃様」

「ご即位、おめでとうございます、陛下」

形式的な挨拶を交わした後、
クレオールは人払いをし、声を潜める。

「――ファティマ。お前はドラゴニアに残れ。そして俺の支えになれ。お前の名声が必要だ」

「何ですって……あなたの人気取りに私を利用するつもりなの?」

「俺は皇帝だ。皇族は皇帝のために生きるのは当然でしょう。これは“命令”だ」
その言葉に、胸が凍りついた。

「私はもう既に侯国の人間です。もう、あなたの思うままにはなりません」

ファティマがそう言い捨てて退出した時、
クレオールの顔から笑みが消えた。
「……ならば、仕方ない。
お前のような女には力で分からせるまでだ」
クレオールはファティマの背中に
そう呟いた。

皇帝の葬儀と新皇帝の戴冠式がつつがなく終わり、
ファティマが部屋で休んでいると、
外から突然ガチャンと音がした。
クレオールの命令で
ファティマの部屋の扉には
鍵がかけられたのだ。
「姉上には、しばらく帝都に“滞在”していただく。
……民のためだ」

クレオールのその言い訳めいた言葉が、
空しく響く。

ファティマは窓辺に座り、
震える手で灯りを見つめた。

ドノヴァン侯は身内には尊大な態度だが、
立場が上のものには腰が低い臆病者だ。
クレオールに逆らえず、
ファティマを見捨てて1人で帰ったのだろう。

そんな男のことはもうどうでも良い。
――デクラン。もう一度……あなたの温かさに触れたい。
ここから、連れ出してほしい……。

帝国の闇の中で、
ファティマは誰にも言えない願いを胸に抱いていた。
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