辺境に嫁いだ皇女は、海で真の愛を知る
――だけど。
「皇女殿下のお通りだ!道を開けろ!」

「周囲を警戒しろ、怪しい者は片っ端から捕らえろ!」

護衛の近衛たちが鋭い目つきで周囲を睨みつける。
腰には剣、手には槍。
その中心にいるファティマは、
まるで敵国の王女のような厳重さで守られていた。

(……これでは、とても近づけない)

デクランは拳を握りしめる。
ほんの一歩でも不用意に踏み出せば、
即座に捕らえられるだろう。
下手に動けば、
ファティマの身にも危険が及ぶかもしれない。

拳を握りしめて、
ただ見つめることしかできない。
(どれだけ苦しい想いをしてきたんだ……)

ファティマは子どもに微笑みかけながら、
ふっと視線を遠くへ流した。
その瞳が、まるで誰かを探しているように。

(……気づいてる? いや、気づくはずが……)

デクランは思わず前へ踏み出しかけた。
だが護衛の槍が振り返り、ギラリと光る。

次の瞬間、
馬車の召使が声を張り上げた。
「皇女殿下、お時間です!」

ファティマは微笑みを引き締め、踵を返す。
風に揺れる黒髪が一瞬だけ宙に広がり――
そして馬車に戻り、扉が閉まった。

デクランは胸の奥が裂けるような痛みに、
息を呑むしかなかった。
(すぐそこにいたのに……何もできなかった)

馬車が走り去り、広場に静寂が戻る。
デクランは動けずに立ち尽くした。
その指先は、震えていた。

(次は必ず……必ず助け出す。ファティマ。
 もう二度と、こんな遠くから見ているだけなんて嫌だ)

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