辺境に嫁いだ皇女は、海で真の愛を知る
薄暗い石畳を夜霧が這う。
見知らぬ者には警戒の目が向けられる危険な場所で、
デクランは次の手を決められず立ちすくんでいた。

──ファティマの姿を遠目に見たあの日から、
心だけが先へ走り続けていた。

「どうすれば……彼女に近づける?」

その答えさえ見えない。
そんな時だった。

「……あなたが、デクラン殿ですね?」
背後から、若いが張り詰めた声が落ちた。
振り返ると、
街灯のかすかな光に浮かび上がる青年がひとり。

黒髪。だが煌めく銀の艶を帯び、
どこかファティマを思わせる高貴な横顔。
だがその瞳の奥には、
深い怒りと焦燥、
そして決意が宿っていた。

「……誰だ?」

デクランは反射的に身構える。
青年はゆっくり、胸に手を当てて名乗った。

「ビンセント=ドラゴニア。
ファティマ皇女の弟です」

デクランは息を呑んだ。

ビンセントは周囲に視線を走らせ、
誰もいないことを確認してから、
小さく囁くように言った。

「あなたを探していました。
北の国境に潜伏している──そう、アルドレイン王妃から手紙で知らされたのです」
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