辺境に嫁いだ皇女は、海で真の愛を知る
そしてついに晩餐会前日。
ビンセントの別邸には、
決戦前らしい重い空気が漂っていた。

北の風は冷たく、
夜を迎える空は薄く曇っている。
しかし、
部屋の中ではそれぞれが持ち場の準備に追われ、
静寂よりも低く抑えられた緊張が満ちていた。

長机を囲んで座るデクラン、ビンセント、
そしてデクランが連れてきた仲間たち。

ビンセントが地図を広げ、
王宮のレイアウトに印をつけていく。

「姉上は晩餐会場の側にある“控えの間”でクレオールと共に待機するはずだ。
ヴァリニア国王陛下の“騒ぎ”が起これば、クレオールは陛下の対応に回る。
その隙に……姉上を」

「控えの間の警備は?」とデクラン。

「昼までは厳重だが、晩餐会直前は入れ替えがある。そこを突く」

ビンセントの声は理路整然としている。
だが、その目には隠しきれない恐怖と決意が宿っていた。

“失敗すればファティマは一生戻らないかもしれない”
その重圧を、彼は誰よりも理解していた。

デクランは静かに頷く。
「……ビンセント殿。必ず、皇女様を取り戻しましょう」

ビンセントの表情が一瞬、緩む。
「……ああ。姉上は、誰よりも自由であるべき人だから」
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