声にならない、さよならを
第18章「最後の選択」
蒼士と春斗が向かい合った朝から、
柚李の胸の奥はずっとざわざわしていた。
授業を受けていても、文字がまったく頭に入らない。
――もう、どちらも傷つけたくない。
そう思っているのに、
結局いちばん傷ついているのは、自分だった。
放課後。
委員会室に荷物を取りに戻ると、
静まり返った部屋に蒼士の姿があった。
「……話、いい?」
蒼士の声はいつもより低くて、
どこか覚悟めいていて胸がざわつく。
「今日の朝のことだけど」
名前を呼ばれただけで、
心が揺れてしまう自分が、ほんとうに情けない。
「春斗、優しいよな」
ぽつりと蒼士が言った。
「柚李のこと……すごく大事にしてる」
胸の奥が痛む。
春斗の優しさも、蒼士の強さも、ずるいほど真っ直ぐで。
「俺さ」
蒼士は机の角に指を添え、
ゆっくり息を吐いた。
「柚李に“好き”って言ってもらいたいって思ってた」
心臓が止まりそうになった。
「でも……違うんだよな。たぶん」
その言葉は予想していたのに、
痛みの鋭さは、予想以上だった。
「気持ちをぶつけたら、誰かが泣く。それくらい俺もわかってる」
蒼士は笑った。
ひどく弱々しい笑顔だった。
「だから——距離を置くよ」
その瞬間、空気が消えるようだった。
「え……」
言葉が喉でつかえた。
呼吸が浅くなる。
「離れたいわけじゃない。離れたくなんかないよ」
「でも、柚李の心を追い詰めてまで好きでいるのは……違うと思った」
蒼士の言葉は静かで、逃げ道がなくて。
優しさと諦めが同じ量だけ混ざっていた。
「大人だからさ、俺」
それは、
“俺たちは同じ場所にはいられない”
という宣告のように聞こえた。
涙があふれそうになり、視線を落とす。
蒼士はもう近づいてこなかった。
触れようともしなかった。
それがいちばん、痛かった。
「柚李、幸せになれよ」
最後にそう言って、蒼士は部屋を出て行った。
ドアの閉まる音が、やけに大きく感じた。
それが、
二人の関係が終わった音に聞こえてしまうほどに。
***
校門までの帰り道。
春斗が後ろから追いついてきた。
「大丈夫?」
その声はいつもの春斗の優しさだった。
蒼士と違って、あたたかい。
でも、春斗の優しさも今の柚李には、胸に刺さる。
「柚李、泣いてる……よな」
涙を拭う余裕もなかった。
正直、誰にも見られたくなかったのに、
春斗は気づいてしまう。
「……柚李はさ」
春斗は俯く柚李を横目で見ながら、
小さく息を吸った。
「先輩に、ちゃんと恋してたんだな」
その言葉に、涙がまたあふれた。
「無理に笑わなくていいよ。俺はただ……味方でいたいだけだから」
春斗の声は震えていた。
自分の恋心を押しつぶして、
柚李を守ろうとしている。
あまりにも優しすぎて、胸が潰れてしまいそうだった。
「春斗……」
初めて、名前を呼ぶ声が涙で揺れた。
彼は少しだけ笑った。
痛いほど優しい笑顔だった。
「いつかさ」
春斗は続けた。
「“あの日を思い出しても痛くない”って思える日が来るよ。柚李なら」
その言葉もまた、ずるいほどやさしい。
「俺は……その日まで、ここにいるから」
柚李はうつむいて涙を零した。
春斗の靴のつま先にぽつん、と落ちる。
蒼士の痛い恋も、
春斗の優しい恋も、
どちらも報われないまま、夜が静かに降りていった。
この恋はきっと――
ここで終わる。
でも、柚李の心は、
まるでまだ手放す準備ができていないみたいに、
痛いままで止まっていた。
柚李の胸の奥はずっとざわざわしていた。
授業を受けていても、文字がまったく頭に入らない。
――もう、どちらも傷つけたくない。
そう思っているのに、
結局いちばん傷ついているのは、自分だった。
放課後。
委員会室に荷物を取りに戻ると、
静まり返った部屋に蒼士の姿があった。
「……話、いい?」
蒼士の声はいつもより低くて、
どこか覚悟めいていて胸がざわつく。
「今日の朝のことだけど」
名前を呼ばれただけで、
心が揺れてしまう自分が、ほんとうに情けない。
「春斗、優しいよな」
ぽつりと蒼士が言った。
「柚李のこと……すごく大事にしてる」
胸の奥が痛む。
春斗の優しさも、蒼士の強さも、ずるいほど真っ直ぐで。
「俺さ」
蒼士は机の角に指を添え、
ゆっくり息を吐いた。
「柚李に“好き”って言ってもらいたいって思ってた」
心臓が止まりそうになった。
「でも……違うんだよな。たぶん」
その言葉は予想していたのに、
痛みの鋭さは、予想以上だった。
「気持ちをぶつけたら、誰かが泣く。それくらい俺もわかってる」
蒼士は笑った。
ひどく弱々しい笑顔だった。
「だから——距離を置くよ」
その瞬間、空気が消えるようだった。
「え……」
言葉が喉でつかえた。
呼吸が浅くなる。
「離れたいわけじゃない。離れたくなんかないよ」
「でも、柚李の心を追い詰めてまで好きでいるのは……違うと思った」
蒼士の言葉は静かで、逃げ道がなくて。
優しさと諦めが同じ量だけ混ざっていた。
「大人だからさ、俺」
それは、
“俺たちは同じ場所にはいられない”
という宣告のように聞こえた。
涙があふれそうになり、視線を落とす。
蒼士はもう近づいてこなかった。
触れようともしなかった。
それがいちばん、痛かった。
「柚李、幸せになれよ」
最後にそう言って、蒼士は部屋を出て行った。
ドアの閉まる音が、やけに大きく感じた。
それが、
二人の関係が終わった音に聞こえてしまうほどに。
***
校門までの帰り道。
春斗が後ろから追いついてきた。
「大丈夫?」
その声はいつもの春斗の優しさだった。
蒼士と違って、あたたかい。
でも、春斗の優しさも今の柚李には、胸に刺さる。
「柚李、泣いてる……よな」
涙を拭う余裕もなかった。
正直、誰にも見られたくなかったのに、
春斗は気づいてしまう。
「……柚李はさ」
春斗は俯く柚李を横目で見ながら、
小さく息を吸った。
「先輩に、ちゃんと恋してたんだな」
その言葉に、涙がまたあふれた。
「無理に笑わなくていいよ。俺はただ……味方でいたいだけだから」
春斗の声は震えていた。
自分の恋心を押しつぶして、
柚李を守ろうとしている。
あまりにも優しすぎて、胸が潰れてしまいそうだった。
「春斗……」
初めて、名前を呼ぶ声が涙で揺れた。
彼は少しだけ笑った。
痛いほど優しい笑顔だった。
「いつかさ」
春斗は続けた。
「“あの日を思い出しても痛くない”って思える日が来るよ。柚李なら」
その言葉もまた、ずるいほどやさしい。
「俺は……その日まで、ここにいるから」
柚李はうつむいて涙を零した。
春斗の靴のつま先にぽつん、と落ちる。
蒼士の痛い恋も、
春斗の優しい恋も、
どちらも報われないまま、夜が静かに降りていった。
この恋はきっと――
ここで終わる。
でも、柚李の心は、
まるでまだ手放す準備ができていないみたいに、
痛いままで止まっていた。