双子の弟と入れ替わって護衛騎士になった私が、なぜか王太子殿下の初恋を奪ってしまった!
第21話 救出
『いいですか、シャルロッテお嬢様。いざというときは突然やってきます。そのときに準備しても遅いのです。いざという時に持てる力の全てを出すために、普段からそれ以上の訓練が必要となるのです』
これは我が公爵家が誇る、ラインフェルデン騎士団の団長の言葉だ。
本番に備え完璧な練習をしていても八割の力も出せない。完璧以上の練習をすることで、やっと実力が発揮できる、ということだ。
幸いその『いざ』にはまだ出会ったことはなかったけど……。
悲鳴を聞いて駆けつけた場所は袋小路になっていた。
材木のようなものが立て掛けられていて、近くに置かれた台車には樽が並べてある。
もとはどこかの商会の資材置き場だったのかもしれない。
さっきまでいた路地よりも、肌に触れる空気がひんやりと冷たく感じる。それはここが日が届かない薄暗い場所だから、という理由だけではないだろう。
最奥には、いかにもならず者といった風貌の男たちが三人いた。
ひとりは片目に黒の眼帯を、もうひとりは口元に傷。
そしてもうひとりは、泣きじゃくっている五歳くらいの女の子を小脇に抱えている。
いずれもガッチリとした体躯に、無精髭という出立ちだった。
手前には女の子より少し年長に見える男の子が膝から血を流していたが、振り返って私たちを見ると驚いたように、
「ヴィル兄ちゃん!」
と殿下の名を呼んだ。
「フリッツ!ローミ!」
驚いたように殿下は声を上げると、すぐにフリッツという少年に駆け寄る。
「何が……」
「おれたち、お兄ちゃんを迎えに店から出たんだ。そしたらあいつらがあらわれて、ローミのことを!」
人攫い、そんな言葉が頭に浮かぶ。
小さな子供を狙って他国に売り飛ばす、といった犯罪が残念ながらこの国でもあるのだ。
「その子を離せ、今すぐにだ」
王太子殿下の言葉に、口元に傷のある男が噴き出した。
それを合図に三人ともゲラゲラと笑い出す。
「何がおかしい?」
「そらおかしいだろうよ。離せって言われて離す阿呆はいねーだろうが」
ローミと呼ばれた女の子を抱えた男が、傷男から話を続けた。
「他所の国には小さいガキをご所望の貴族がいるんでね。俺たちにとっては金塊みたいなもんなんだ。ただじゃ離せねぇな」
私は怒りで震えそうになった。
何もわからない子供を拐かすだけでも信じられないのに、他国に売るなんて許せるはずがない。
すぐにでも彼らを叩きのめして、警備兵に引き渡してやる……!
「ロッテ様」
呼ばれた方向を見ると、殿下が小さく頷いたのが見えた。
まるで、
『落ち着いて』
と言われてるようだ。
(そうだ、こう言う時ほど冷静にならなくちゃ)
私は大きく息を吐き出した。
それにアルフレートだったら、
『相手は三人、それも体格のいい。人数でも力でも不利だ。隙を見つけてつけ入ろう』
きっとそう言うはずだわ。
「ロッテ様、こちらに……」
王太子殿下の呼びかけで、全員の目が私に集中していた。
これでは暴漢たちの隙をつくことはできない。
私は殿下とフリッツ少年のもとに駆け寄ると、すぐにしゃがみ込んだ。
「ロッテ様、お願いします!ローミを救ってください!」
殿下は私に頭を下げる。
「一体何を……」
「お嬢様のおじい様ならお金を出してくださるはずです!」
「!」
頭を下げたまま、私にしか見えない角度で殿下は目配せをしてきた。
(なにか考えがあるのね?)
「おい、なんの話だ」
お金という言葉に釣られたのだろう、暴漢たちが王太子殿下の言葉に食いついてきた。
「こちらのロッテお嬢様は、ワイデマン商会会長のお孫さまなんです」
ワイデマン商会というのは、アデスグランドで観光業から流通、建築に至るまで様々な業種に関わり、莫大な財産を築いている経済界のトップだ。
この国の人間なら子供でも知っている。
「嘘じゃ……ないだろうな」
「本当です!なのでお嬢様とローミを交換してくださいっ!」
なるほど。
私が人質であるローミと代わって、隙を見つけて彼らを捕縛すればいいのね。
まさか王太子殿下の創作話術がこんなところで生きるなんて。
「ヴィルさん!」
私はなるべく悲壮に聞こえるように殿下の名を呼んだ。
「こりゃいいや!使用人に売られるお嬢様か!」
眼帯男とローミを抱えている男は、顔を見合わせて笑うと、
「ボス!どうします?」
口元に傷のある男……ボスにそう尋ねた。
「俺たちゃ金になればなんでもいい」
ボスはニヤニヤしながら、こちらを値踏みするように見てくる。
「だったら!お、お嬢様!」
お願いします!
……と、殿下は被っていたキャスケットを脱ぐとぎゅうっと両手で握り締め、私に深々とお辞儀をした。
私は少し間を空けてから、小さく頷く。
「わかりました」
「話が決まったみたいだな」
「じゃあお嬢様、こちらへどーぞ」
下っ端二人が囃し立てる。
だがボスは、ローミを抱えている男からひょいっと彼女を受け取ると、
「そっちとこっち、ちょうど真ん中で受け渡しだ」
それだけ言って、私たちに向かってさっさと歩き出した。
「妹のためにごめんなさい……」
俯き、涙声で謝るフリッツ少年の頭を撫でる。
「大丈夫よ」
すぐに助け出すからね。
私は拳を強く握りしめて立ち上がった。
「お嬢様……申し訳ありません」
殿下は握りしめていたキャスケットを私に被せると、私にだけに聞こえる声で囁く。
『行きたい場所を強くイメージして』
キャスケットは……移動魔法のかかった魔道具だ。でも、
(全員やっつけるから必要ないのに)
とはいえ返すのも不自然だ。
私はそのままローミと交代する場所まで歩き始めた。
そしてちょうど真ん中で、ボスと私は向き合う。
ボスは私を下から上へと値踏みするように眺めると、
「随分肝が座ってんな」
と薄ら笑いを浮かべた。
私はそれには答えずに、
「いいから……その子を離してください」
とだけ口にすると、極力おどおど見えるように視線を泳がせてみせる。
「約束は守ったからな」
ボスはローミを私に受け渡した。
ローミはしゃくりあげながら、震える小さな手で私の背中をぎゅっと掴んでくる。
(よかった……)
腕の中のあたたかな重みに安堵した。
そして改めて、目の前の男たちへの怒りが沸々と湧いてくる。
でもまずは、ローミを安全な場所にまで逃すことだ。
殿下とフリッツ少年まで、走れば十数えるより早く着くはず。
だけどこの子に走れるだろうか……。
「ねえ、ローミ。あなたを下ろしたら、お兄ちゃんたちのところまで走って行ける?」
「っう、うん」
私を仰ぎ見るローミの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
私は左腕で彼女を抱いたまま、右袖で顔全体を優しく拭う。
「ちゃんと前を向いて走るのよ」
(涙が残ってたら見えないからね)
地面へとローミを下ろそうとしたその時、私の首筋に何かが触れた。
ひんやりとした、鋭利な刃……これはナイフだ。
「うそつきっ!」
フリッツ少年の叫びに、ボスは、
「俺らの中では約束ってのは破るためにあるんでね。それに金は多い方がいいだろう?ガキを売っぱらった金、それから大金持ちのおじい様から頂く金」
「さすがボス!」
「そりゃいいや!」
手下たちからの喝采にボスがほんの一瞬視線を遣る……その僅かな隙を待っていた……!
私は足をあげると、ボスの足目掛けて思い切りブーツのヒールを落とした!
「ぐあっ!」
足を踏みつけられた痛みから、ボスのナイフを持つ手が緩んだのを見逃さない。
振り返りざま右腕でそれを叩き落とす。そしてなるべく遠くに滑るように、落ちたナイフを蹴り飛ばした。
「こっの……!」
ボスはいきりたって私を掴もうとする。
(もしかして、殿下はこうなるってわかって渡してくれたのかしら)
ボスの腕をすり抜けた私は、ローミを抱えたままイメージする。
私の行きたい場所……。
ヴィル殿下の隣へ!
瞬く間に私とローミは、殿下とフリッツ少年の隣に移動していた。
これは我が公爵家が誇る、ラインフェルデン騎士団の団長の言葉だ。
本番に備え完璧な練習をしていても八割の力も出せない。完璧以上の練習をすることで、やっと実力が発揮できる、ということだ。
幸いその『いざ』にはまだ出会ったことはなかったけど……。
悲鳴を聞いて駆けつけた場所は袋小路になっていた。
材木のようなものが立て掛けられていて、近くに置かれた台車には樽が並べてある。
もとはどこかの商会の資材置き場だったのかもしれない。
さっきまでいた路地よりも、肌に触れる空気がひんやりと冷たく感じる。それはここが日が届かない薄暗い場所だから、という理由だけではないだろう。
最奥には、いかにもならず者といった風貌の男たちが三人いた。
ひとりは片目に黒の眼帯を、もうひとりは口元に傷。
そしてもうひとりは、泣きじゃくっている五歳くらいの女の子を小脇に抱えている。
いずれもガッチリとした体躯に、無精髭という出立ちだった。
手前には女の子より少し年長に見える男の子が膝から血を流していたが、振り返って私たちを見ると驚いたように、
「ヴィル兄ちゃん!」
と殿下の名を呼んだ。
「フリッツ!ローミ!」
驚いたように殿下は声を上げると、すぐにフリッツという少年に駆け寄る。
「何が……」
「おれたち、お兄ちゃんを迎えに店から出たんだ。そしたらあいつらがあらわれて、ローミのことを!」
人攫い、そんな言葉が頭に浮かぶ。
小さな子供を狙って他国に売り飛ばす、といった犯罪が残念ながらこの国でもあるのだ。
「その子を離せ、今すぐにだ」
王太子殿下の言葉に、口元に傷のある男が噴き出した。
それを合図に三人ともゲラゲラと笑い出す。
「何がおかしい?」
「そらおかしいだろうよ。離せって言われて離す阿呆はいねーだろうが」
ローミと呼ばれた女の子を抱えた男が、傷男から話を続けた。
「他所の国には小さいガキをご所望の貴族がいるんでね。俺たちにとっては金塊みたいなもんなんだ。ただじゃ離せねぇな」
私は怒りで震えそうになった。
何もわからない子供を拐かすだけでも信じられないのに、他国に売るなんて許せるはずがない。
すぐにでも彼らを叩きのめして、警備兵に引き渡してやる……!
「ロッテ様」
呼ばれた方向を見ると、殿下が小さく頷いたのが見えた。
まるで、
『落ち着いて』
と言われてるようだ。
(そうだ、こう言う時ほど冷静にならなくちゃ)
私は大きく息を吐き出した。
それにアルフレートだったら、
『相手は三人、それも体格のいい。人数でも力でも不利だ。隙を見つけてつけ入ろう』
きっとそう言うはずだわ。
「ロッテ様、こちらに……」
王太子殿下の呼びかけで、全員の目が私に集中していた。
これでは暴漢たちの隙をつくことはできない。
私は殿下とフリッツ少年のもとに駆け寄ると、すぐにしゃがみ込んだ。
「ロッテ様、お願いします!ローミを救ってください!」
殿下は私に頭を下げる。
「一体何を……」
「お嬢様のおじい様ならお金を出してくださるはずです!」
「!」
頭を下げたまま、私にしか見えない角度で殿下は目配せをしてきた。
(なにか考えがあるのね?)
「おい、なんの話だ」
お金という言葉に釣られたのだろう、暴漢たちが王太子殿下の言葉に食いついてきた。
「こちらのロッテお嬢様は、ワイデマン商会会長のお孫さまなんです」
ワイデマン商会というのは、アデスグランドで観光業から流通、建築に至るまで様々な業種に関わり、莫大な財産を築いている経済界のトップだ。
この国の人間なら子供でも知っている。
「嘘じゃ……ないだろうな」
「本当です!なのでお嬢様とローミを交換してくださいっ!」
なるほど。
私が人質であるローミと代わって、隙を見つけて彼らを捕縛すればいいのね。
まさか王太子殿下の創作話術がこんなところで生きるなんて。
「ヴィルさん!」
私はなるべく悲壮に聞こえるように殿下の名を呼んだ。
「こりゃいいや!使用人に売られるお嬢様か!」
眼帯男とローミを抱えている男は、顔を見合わせて笑うと、
「ボス!どうします?」
口元に傷のある男……ボスにそう尋ねた。
「俺たちゃ金になればなんでもいい」
ボスはニヤニヤしながら、こちらを値踏みするように見てくる。
「だったら!お、お嬢様!」
お願いします!
……と、殿下は被っていたキャスケットを脱ぐとぎゅうっと両手で握り締め、私に深々とお辞儀をした。
私は少し間を空けてから、小さく頷く。
「わかりました」
「話が決まったみたいだな」
「じゃあお嬢様、こちらへどーぞ」
下っ端二人が囃し立てる。
だがボスは、ローミを抱えている男からひょいっと彼女を受け取ると、
「そっちとこっち、ちょうど真ん中で受け渡しだ」
それだけ言って、私たちに向かってさっさと歩き出した。
「妹のためにごめんなさい……」
俯き、涙声で謝るフリッツ少年の頭を撫でる。
「大丈夫よ」
すぐに助け出すからね。
私は拳を強く握りしめて立ち上がった。
「お嬢様……申し訳ありません」
殿下は握りしめていたキャスケットを私に被せると、私にだけに聞こえる声で囁く。
『行きたい場所を強くイメージして』
キャスケットは……移動魔法のかかった魔道具だ。でも、
(全員やっつけるから必要ないのに)
とはいえ返すのも不自然だ。
私はそのままローミと交代する場所まで歩き始めた。
そしてちょうど真ん中で、ボスと私は向き合う。
ボスは私を下から上へと値踏みするように眺めると、
「随分肝が座ってんな」
と薄ら笑いを浮かべた。
私はそれには答えずに、
「いいから……その子を離してください」
とだけ口にすると、極力おどおど見えるように視線を泳がせてみせる。
「約束は守ったからな」
ボスはローミを私に受け渡した。
ローミはしゃくりあげながら、震える小さな手で私の背中をぎゅっと掴んでくる。
(よかった……)
腕の中のあたたかな重みに安堵した。
そして改めて、目の前の男たちへの怒りが沸々と湧いてくる。
でもまずは、ローミを安全な場所にまで逃すことだ。
殿下とフリッツ少年まで、走れば十数えるより早く着くはず。
だけどこの子に走れるだろうか……。
「ねえ、ローミ。あなたを下ろしたら、お兄ちゃんたちのところまで走って行ける?」
「っう、うん」
私を仰ぎ見るローミの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
私は左腕で彼女を抱いたまま、右袖で顔全体を優しく拭う。
「ちゃんと前を向いて走るのよ」
(涙が残ってたら見えないからね)
地面へとローミを下ろそうとしたその時、私の首筋に何かが触れた。
ひんやりとした、鋭利な刃……これはナイフだ。
「うそつきっ!」
フリッツ少年の叫びに、ボスは、
「俺らの中では約束ってのは破るためにあるんでね。それに金は多い方がいいだろう?ガキを売っぱらった金、それから大金持ちのおじい様から頂く金」
「さすがボス!」
「そりゃいいや!」
手下たちからの喝采にボスがほんの一瞬視線を遣る……その僅かな隙を待っていた……!
私は足をあげると、ボスの足目掛けて思い切りブーツのヒールを落とした!
「ぐあっ!」
足を踏みつけられた痛みから、ボスのナイフを持つ手が緩んだのを見逃さない。
振り返りざま右腕でそれを叩き落とす。そしてなるべく遠くに滑るように、落ちたナイフを蹴り飛ばした。
「こっの……!」
ボスはいきりたって私を掴もうとする。
(もしかして、殿下はこうなるってわかって渡してくれたのかしら)
ボスの腕をすり抜けた私は、ローミを抱えたままイメージする。
私の行きたい場所……。
ヴィル殿下の隣へ!
瞬く間に私とローミは、殿下とフリッツ少年の隣に移動していた。