双子の弟と入れ替わって護衛騎士になった私が、なぜか王太子殿下の初恋を奪ってしまった!
第22話 王太子殿下の魔法
「ま、魔法!」
「き、貴族なのか?」
例外もあるが、魔法は貴族しか使えない。
魔道具を使っているとは思わなかったのだろう。
動揺している男たちを確認しながら、フリッツにローミを預ける。
「できれば兵士を呼んできて。いなかったら、誰か大人を」
「わかった!」
フリッツはローミの手を引くと、すぐに路地に向かって走り出した。
「バカな奴らだ。こんな真似しなきゃ、痛い目を見ることもなかったのによお」
ボスが唇の端をつりあげる。
「ワイデマン商会ってのは嘘かい」
「ええ、違うわ」
「だが貴族だ」
「……」
「返事がないのは、認めてるようなもんだな。よぅし、計画変更だ!お貴族様を捉えて、身代金をふんだくるぞ!」
欲望を隠そうともしないボスの号令と共に、手下二人が同時に襲いかかって来た!
「ヴィルさん、下がってください!」
二人一度に相手をするのは面倒だ。まずは一人になってもらおう。
私は身を屈めて砂を握ると、眼帯男の顔面に向かってそれを投げつけた。
「いだだっ!」
砂をまともに食らった眼帯男は唯一の視界を失い、顔面を両手で覆って呻いている。
もうひとりは何が起こったのかわからないのか、
「な、なんだ⁈」
と立ち止まってオロオロしているようだ。
苦しんでいるところに申し訳ないんだけど……。
近くにあった手頃な木材を手にして、私は眼帯男の向こう脛を力一杯引っ叩いた。
「ぐああっ!」
悲鳴と共に、男はつんのめるようにして倒れ込む。
「お、おい……」
やられた仲間を見てもう一人は一瞬たじろいだ……が、すぐに血走った目をして私へ突進してきた。
「このガキ……!」
私の背中にはレンガの壁がある。
ギリギリまで引きつけて男のタックルをさっと躱し、すぐさま後ろに回り込むと、ドン!と背中を強く突き飛ばした!
結果、男はレンガの壁と熱烈なキスをすることになり……。
「……!」
顔面を強打した男は、声もなく倒れた。
「……」
それを見ていた殿下は、木材の近くに落ちていたロープで素早く男たちを縛り始める。
「おい、ガキ。おめえ、何もんだ?」
すっかり足の痛みが引いてしまったのか、今度はボスが近寄ってきた。
手には先ほどと違う剣を持っている。
いったいどこから出したのか……、小さいサーベルのようにも見えた。
今までの戦い方を見ているこの男には、不意打ちは通用しないだろう。
それに体も私よりずいぶん大きい。まともに当たっても勝てるはずはない。
(これが騎士団長の言ってた『いざ』と言う時なのかしら。筋肉をもっともっとつけとくべきだったわ。そうしたら正面から戦えるのに)
私は自分の力の弱さを呪った。
ボスは作り笑顔で間合いを詰めてくる。
「お前、滅法強いじゃねえか。貴族……ったって、その程度の服じゃ貧乏貴族だろう?俺と組もうぜ」
「お断りします」
死んでも頷くものか。
「それは……」
ニヤニヤしていたボスの顔が豹変する。
「残念だ!」
ボスは距離を一気に詰め、ギラギラした殺気と共に剣を振り下ろしてきた。とっさに木材で受け止め……切れない!私は素早く地面を蹴って剣を躱す。
「!」
持っていた木材は真っ二つに割れてしまっていた。
(やっぱりそうなるわよね)
すっかり短くなってしまったそれを、ぽいっと投げ捨てる。
「ヴィルさんも逃げてください」
被っていたキャスケットを後ろ手で王太子殿下へと押し付けた。
これさえあれば、どこにでも逃げられる筈。
「キミひとり残せるわけがない!」
殿下は驚いたように声を上げた。
王太子殿下は弱くない。
でもそれはあくまで剣を持っていればの話。
今は、
「ヴィルさんには剣がないじゃないですか」
そう、ここには王太子殿下の剣はない。
「それを言うならキミだって……!」
「いえ、私には……、」
「何ごちゃごちゃ言ってんだ!」
再びボスが襲いかかってくる。
私は素早くスカートを翻し、ドロワーズにベルトで留めてあった鞘から短剣を引き抜いた。
ボスは目を丸くしている。
お気持ちお察しするわ。
可愛らしいフリフリのレースの下から、短剣が出てくるなんて普通思わないわよね。
着替えを手伝ってくれたマリアさんにも止められたもの。
でも私は……、
「お前、いったいなんなんだよっ!」
「護衛騎士、だからっ……!」
短剣を逆手に持って男の懐へと飛び込む。姿勢を低くしたまま利き腕を狙ってひと振り。
掠ったのか、皮膚を裂く感触がした。
(嫌な、感覚だわ)
剣を持っての対戦は、何度も経験がある。
だけどそれは全て演習だ。打撲や打ち身を与えても、皮膚や肉を斬りつけたことはない。
先日伯爵令嬢を助けた一件では剣の鞘や柄部分で殴っただけだし、魔弾銃事件のライマーとの一件でも剣は抜かずに済んだ。
でも今は……。
「危ないっ」
殿下の声と共に聞こえたのは、ブンッ!と風を切る音。
男の持った刃物が目の前を横切る。瞬間、後方にとびずさったが、かけていたメガネに掠った。
メガネはカシャンと音を立てて足元に落ちた。きっと割れてしまっただろう。
「チッ、外したか。すばしっこい」
これは正真正銘、真剣での戦いだ。
捉える、なんて口では言ってるけど、あの勢いの剣に斬られたら腕の一本も持っていかれそうだ。
一歩間違えば命を落とすかもしれない。
幸い背中側には、少し走れば広い道に出られる曲がり角がある。
ここは王太子殿下と一緒に逃げるのが正解なのだと思う。
けどこのまま逃げたら、間違いなく悪漢達は行方をくらませて、また同じことをするに違いない。
子供達を狙い、他国に売り飛ばす商売を。
……私、欲張りなのかしら。
殿下も守りたい、悪漢も捕まえたい、だなんて。
視線だけを動かして周囲を見る。
向かって右にはロープで止めてある木材が立てかけてあり、左には空の樽が積んである。……ならば!
「はっ!」
男に向けて逆手に持った短剣を繰り出す。男はのけ反ってそれを避けた。
「何度も同じ手に掛かるかよっ」
勝ち誇った声だ。
だけど目的はそれじゃない。
私は左にあった樽を男に向かって蹴り出した。
「!」
男は軽々とそれも受け止める。
「馬鹿がっ!無駄なことを……!」
最後まで言えなかったのは、私が右側に立てかけてあった木材のロープを切ったからだ。そして間髪入れず、自由になった木材を男に向かって払いのけた……!
男は咄嗟に左手を伸ばして私の三つ編みを掴む。しかしそれはズルリと外れただけだった。
自分が掴んだ髪の下から異なる色の髪が現れて、悪漢は驚いたように目を見開く。
「なっ⁉︎」
「これで最後……っ!」
信じられない、そんな顔をした男に私は跳び上がって蹴りを入れた!
「ぐあっ……!」
男は後方に倒れていく。
私の方は跳ね飛ばされ、空中でバランスを崩す。
ぐらり、と体が傾いで肩から地面に落下する……と思いきや、温かい腕の中に、ぽすん、と着地した。
殿下の両腕の中に。
ガラガラと音を立てて崩れていく木材が、男を飲み込み押し潰していくのが見える。木材の一本一本は細いものだが、とにかく量が膨大だ。
全ての木材を押し除けて出てくるには、だいぶ時間がかかるに違いない。
案の定、砂埃が一段落しても男が出てくる気配はなかった。
「や、やった……!殿下、やりましたよ!」
体勢を立て直して、振り返る。
殿下もきっと喜んでくれる、そう思ってたのに。
「キミは本当に……」
そう言うと、殿下は私をふわりと抱きしめた。
(私、砂だらけなのに!)
殿下まで砂まみれにしてしまう!
慌てて離れようとしたが、殿下は、
「無事でよかった」
と、逆にぎゅうっと腕に力を込め、離してはくれなかった。
「めちゃくちゃほっとした……」
殿下の……安堵が滲んだいつもと違う声。
少しだけ甘さを感じるサボンの香り。
心地の良い心音。
何度も髪を撫でる、優しく冷たい手。
すべてが気持ち良くてうっとりしてしまう。
「血が出てるね」
王太子殿下は、私の耳に近い頬を親指で触れた。
「痛くない?」
「ぜんぜん!」
言われて少しピリっとしたけど、今まで全く気が付かなかったから。
さっきメガネを弾かれた時に、剣の切先が掠ったのかもしれない。
「こんなかすり傷、なめておけば治ります!」
殿下を安心させるために言ったのに、
「じゃあ僕がなめようか?」
なんて、不穏な言葉を囁かないでほしい。
しかも、耳元で!
心臓が爆発するかと思ったわ。
びっくりして仰ぎ見ると、殿下はいつもの私を揶揄って楽しむ顔をしていた。
ホリゾンブルーの瞳にいたずらっ子の色が滲んでる。
でもすぐに、
「そんなわけにはいかないからね」
と、私の傷に自分の手をかざした。
「少しあたたかく感じるかも」
その言葉通り、殿下の手のひらが触れている箇所が、優しい温もりに包まれる。
やがて私の頬にあった、引き攣ったような痛みは消えて無くなっていた。
もしかして……、
ヴィルヘルム王太子殿下の持つ魔法は……。
「僕の魔法は治癒魔法なんだ」
「!」
待って。
なんでそれを私に教えるの?
自分の魔法を外部に告げてもいいのはデビュタントを迎えてから。
まだ殿下もデビュタントを迎えていないのに。
「ど……うして……」
理由を聞こうとした時、バタバタと複数の足音と共にフリッツが駆け込んでくる。
「お兄ちゃん!おとなを連れて来たよ!」
彼の言葉通り、フリッツの後ろには何人もの大人。
中には見知った顔……ラインフェルデンの隠密騎士達も数人混じっていた。
「暫く移動できそうもないな」
王太子殿下は、諦めとも苦笑いとも取れるため息をひとつ落とした。
「き、貴族なのか?」
例外もあるが、魔法は貴族しか使えない。
魔道具を使っているとは思わなかったのだろう。
動揺している男たちを確認しながら、フリッツにローミを預ける。
「できれば兵士を呼んできて。いなかったら、誰か大人を」
「わかった!」
フリッツはローミの手を引くと、すぐに路地に向かって走り出した。
「バカな奴らだ。こんな真似しなきゃ、痛い目を見ることもなかったのによお」
ボスが唇の端をつりあげる。
「ワイデマン商会ってのは嘘かい」
「ええ、違うわ」
「だが貴族だ」
「……」
「返事がないのは、認めてるようなもんだな。よぅし、計画変更だ!お貴族様を捉えて、身代金をふんだくるぞ!」
欲望を隠そうともしないボスの号令と共に、手下二人が同時に襲いかかって来た!
「ヴィルさん、下がってください!」
二人一度に相手をするのは面倒だ。まずは一人になってもらおう。
私は身を屈めて砂を握ると、眼帯男の顔面に向かってそれを投げつけた。
「いだだっ!」
砂をまともに食らった眼帯男は唯一の視界を失い、顔面を両手で覆って呻いている。
もうひとりは何が起こったのかわからないのか、
「な、なんだ⁈」
と立ち止まってオロオロしているようだ。
苦しんでいるところに申し訳ないんだけど……。
近くにあった手頃な木材を手にして、私は眼帯男の向こう脛を力一杯引っ叩いた。
「ぐああっ!」
悲鳴と共に、男はつんのめるようにして倒れ込む。
「お、おい……」
やられた仲間を見てもう一人は一瞬たじろいだ……が、すぐに血走った目をして私へ突進してきた。
「このガキ……!」
私の背中にはレンガの壁がある。
ギリギリまで引きつけて男のタックルをさっと躱し、すぐさま後ろに回り込むと、ドン!と背中を強く突き飛ばした!
結果、男はレンガの壁と熱烈なキスをすることになり……。
「……!」
顔面を強打した男は、声もなく倒れた。
「……」
それを見ていた殿下は、木材の近くに落ちていたロープで素早く男たちを縛り始める。
「おい、ガキ。おめえ、何もんだ?」
すっかり足の痛みが引いてしまったのか、今度はボスが近寄ってきた。
手には先ほどと違う剣を持っている。
いったいどこから出したのか……、小さいサーベルのようにも見えた。
今までの戦い方を見ているこの男には、不意打ちは通用しないだろう。
それに体も私よりずいぶん大きい。まともに当たっても勝てるはずはない。
(これが騎士団長の言ってた『いざ』と言う時なのかしら。筋肉をもっともっとつけとくべきだったわ。そうしたら正面から戦えるのに)
私は自分の力の弱さを呪った。
ボスは作り笑顔で間合いを詰めてくる。
「お前、滅法強いじゃねえか。貴族……ったって、その程度の服じゃ貧乏貴族だろう?俺と組もうぜ」
「お断りします」
死んでも頷くものか。
「それは……」
ニヤニヤしていたボスの顔が豹変する。
「残念だ!」
ボスは距離を一気に詰め、ギラギラした殺気と共に剣を振り下ろしてきた。とっさに木材で受け止め……切れない!私は素早く地面を蹴って剣を躱す。
「!」
持っていた木材は真っ二つに割れてしまっていた。
(やっぱりそうなるわよね)
すっかり短くなってしまったそれを、ぽいっと投げ捨てる。
「ヴィルさんも逃げてください」
被っていたキャスケットを後ろ手で王太子殿下へと押し付けた。
これさえあれば、どこにでも逃げられる筈。
「キミひとり残せるわけがない!」
殿下は驚いたように声を上げた。
王太子殿下は弱くない。
でもそれはあくまで剣を持っていればの話。
今は、
「ヴィルさんには剣がないじゃないですか」
そう、ここには王太子殿下の剣はない。
「それを言うならキミだって……!」
「いえ、私には……、」
「何ごちゃごちゃ言ってんだ!」
再びボスが襲いかかってくる。
私は素早くスカートを翻し、ドロワーズにベルトで留めてあった鞘から短剣を引き抜いた。
ボスは目を丸くしている。
お気持ちお察しするわ。
可愛らしいフリフリのレースの下から、短剣が出てくるなんて普通思わないわよね。
着替えを手伝ってくれたマリアさんにも止められたもの。
でも私は……、
「お前、いったいなんなんだよっ!」
「護衛騎士、だからっ……!」
短剣を逆手に持って男の懐へと飛び込む。姿勢を低くしたまま利き腕を狙ってひと振り。
掠ったのか、皮膚を裂く感触がした。
(嫌な、感覚だわ)
剣を持っての対戦は、何度も経験がある。
だけどそれは全て演習だ。打撲や打ち身を与えても、皮膚や肉を斬りつけたことはない。
先日伯爵令嬢を助けた一件では剣の鞘や柄部分で殴っただけだし、魔弾銃事件のライマーとの一件でも剣は抜かずに済んだ。
でも今は……。
「危ないっ」
殿下の声と共に聞こえたのは、ブンッ!と風を切る音。
男の持った刃物が目の前を横切る。瞬間、後方にとびずさったが、かけていたメガネに掠った。
メガネはカシャンと音を立てて足元に落ちた。きっと割れてしまっただろう。
「チッ、外したか。すばしっこい」
これは正真正銘、真剣での戦いだ。
捉える、なんて口では言ってるけど、あの勢いの剣に斬られたら腕の一本も持っていかれそうだ。
一歩間違えば命を落とすかもしれない。
幸い背中側には、少し走れば広い道に出られる曲がり角がある。
ここは王太子殿下と一緒に逃げるのが正解なのだと思う。
けどこのまま逃げたら、間違いなく悪漢達は行方をくらませて、また同じことをするに違いない。
子供達を狙い、他国に売り飛ばす商売を。
……私、欲張りなのかしら。
殿下も守りたい、悪漢も捕まえたい、だなんて。
視線だけを動かして周囲を見る。
向かって右にはロープで止めてある木材が立てかけてあり、左には空の樽が積んである。……ならば!
「はっ!」
男に向けて逆手に持った短剣を繰り出す。男はのけ反ってそれを避けた。
「何度も同じ手に掛かるかよっ」
勝ち誇った声だ。
だけど目的はそれじゃない。
私は左にあった樽を男に向かって蹴り出した。
「!」
男は軽々とそれも受け止める。
「馬鹿がっ!無駄なことを……!」
最後まで言えなかったのは、私が右側に立てかけてあった木材のロープを切ったからだ。そして間髪入れず、自由になった木材を男に向かって払いのけた……!
男は咄嗟に左手を伸ばして私の三つ編みを掴む。しかしそれはズルリと外れただけだった。
自分が掴んだ髪の下から異なる色の髪が現れて、悪漢は驚いたように目を見開く。
「なっ⁉︎」
「これで最後……っ!」
信じられない、そんな顔をした男に私は跳び上がって蹴りを入れた!
「ぐあっ……!」
男は後方に倒れていく。
私の方は跳ね飛ばされ、空中でバランスを崩す。
ぐらり、と体が傾いで肩から地面に落下する……と思いきや、温かい腕の中に、ぽすん、と着地した。
殿下の両腕の中に。
ガラガラと音を立てて崩れていく木材が、男を飲み込み押し潰していくのが見える。木材の一本一本は細いものだが、とにかく量が膨大だ。
全ての木材を押し除けて出てくるには、だいぶ時間がかかるに違いない。
案の定、砂埃が一段落しても男が出てくる気配はなかった。
「や、やった……!殿下、やりましたよ!」
体勢を立て直して、振り返る。
殿下もきっと喜んでくれる、そう思ってたのに。
「キミは本当に……」
そう言うと、殿下は私をふわりと抱きしめた。
(私、砂だらけなのに!)
殿下まで砂まみれにしてしまう!
慌てて離れようとしたが、殿下は、
「無事でよかった」
と、逆にぎゅうっと腕に力を込め、離してはくれなかった。
「めちゃくちゃほっとした……」
殿下の……安堵が滲んだいつもと違う声。
少しだけ甘さを感じるサボンの香り。
心地の良い心音。
何度も髪を撫でる、優しく冷たい手。
すべてが気持ち良くてうっとりしてしまう。
「血が出てるね」
王太子殿下は、私の耳に近い頬を親指で触れた。
「痛くない?」
「ぜんぜん!」
言われて少しピリっとしたけど、今まで全く気が付かなかったから。
さっきメガネを弾かれた時に、剣の切先が掠ったのかもしれない。
「こんなかすり傷、なめておけば治ります!」
殿下を安心させるために言ったのに、
「じゃあ僕がなめようか?」
なんて、不穏な言葉を囁かないでほしい。
しかも、耳元で!
心臓が爆発するかと思ったわ。
びっくりして仰ぎ見ると、殿下はいつもの私を揶揄って楽しむ顔をしていた。
ホリゾンブルーの瞳にいたずらっ子の色が滲んでる。
でもすぐに、
「そんなわけにはいかないからね」
と、私の傷に自分の手をかざした。
「少しあたたかく感じるかも」
その言葉通り、殿下の手のひらが触れている箇所が、優しい温もりに包まれる。
やがて私の頬にあった、引き攣ったような痛みは消えて無くなっていた。
もしかして……、
ヴィルヘルム王太子殿下の持つ魔法は……。
「僕の魔法は治癒魔法なんだ」
「!」
待って。
なんでそれを私に教えるの?
自分の魔法を外部に告げてもいいのはデビュタントを迎えてから。
まだ殿下もデビュタントを迎えていないのに。
「ど……うして……」
理由を聞こうとした時、バタバタと複数の足音と共にフリッツが駆け込んでくる。
「お兄ちゃん!おとなを連れて来たよ!」
彼の言葉通り、フリッツの後ろには何人もの大人。
中には見知った顔……ラインフェルデンの隠密騎士達も数人混じっていた。
「暫く移動できそうもないな」
王太子殿下は、諦めとも苦笑いとも取れるため息をひとつ落とした。