貴方と奏でる夜想曲 貴女に奏でる小夜曲
素直に求め合える今が嬉しくて、夢中になってキスを交わす。

ひとしきり互いの想いを交換して、確かめ合って、名残惜しいけれどきりがないので唇を離した。

気恥ずかしくて彼の胸に頬を埋めると、さらに言いしれぬ幸福感で満たされた、のだけど――。

(私、この後どうなるんだろう……)

今さらながら、考えなしの自分に気づく。

一人暮らしの男性宅へ?

のこのこ上がり込んで?

そりゃあこれまでは、練習という大義名分があって、あくまでも“いい友達”かつ演奏上のパートナーだったから。

けど、今はもう違うもの。

(大人の男女のフツーって……何だっけ???)

考え始めると止まらなくて、今度は言いしれぬ緊張感に包まれる。

「瑞樹?」

「う、うん?」

「今夜――」

(ど、どうしよう!)

「晩ごはん、食べていってよ」

「……へ?」

「お家の都合もあるだろうし、無理は言えないけど。あ、帰りは車で送るし。どうかな?」

(なーんだ、晩ごはんか!ああ、もう……)

「ぜ、ぜんぜん!家のほうは大丈夫だから!晩ごはん、ぜひぜひ一緒に!うん!」

そして、あからさまなおかしな様子に、彼が気づかぬわけもなく。

「今、何か別の想像してたよね?」

「えっ」

「何、考えてたの?」

決して怒っているわけではないけれど、ちょっと……ううん、すごく意地悪。

「瑞樹」

私は諦めて白状した。

「いや、その……“着衣”ですることでよかった、とか思って」

いろんな意味で恥ずかしすぎて、どぎまぎと視線を逸らす。

彼はというと、一瞬ぽかんとしたかと思うと、お腹を抱えて大笑い。

「ちょっ……着衣って……!」

「笑いすぎだよ……」

「とりあえず、抱きしめてもいい?」

「え?」

言うやいなや、私の答えも待たずに彼は私をぎゅっとぎゅっと抱きしめた。

「なんか、残念な彼女でごめん……」

「なんで? 可愛すぎでしよ。僕にはもったいないくらい」

「そんなこと言ってくれるの、たぶん……ううん、絶対に柊だけだと思う……」

「そう? でも、もしそうなら、安心して独り占めできてラッキーだね」

私の彼氏はちょっと変わっているのかも?

けどまあ、私と付き合いたいと言ってくれる奇特な人だものね……納得。

「とりあえず“着衣”で晩ごはんの支度しようか」

「もう!」


ふたりで作ってふたりで食べる晩ごはん。

食べながら、話題はなんとなく家族の話になった。

「ご両親は、瑞樹の恋愛に関してどういうスタンスなの?」

「ん? そうだなあ、うちの両親は――」

母は、私がまだ学生や社会人なりたての頃は「節度をもった交際を!」などと、口うるさく言っていたっけ。

といっても、私がとくに派手に遊んでいたとかでは決してなく、ごくごくフツーだったと思う。

年齢が上がるにつれ、母の口うるささの内容が変わってきた。

今では、誰かいい人はいないのか、休日に家でごろごろなんて嘆かわしい、などなど。

娘の行き遅れを本気で心配するあまり、最近ではお見合い写真まで持ってきそうな勢いという。

父は基本、無関心?

私がとんだ放蕩娘と呼ばれるくらいぶっ飛んでいたら、さすがに苦言を呈したでしょうけど。

まあ、何しろ忙しい人だし?

父の関心は、会社の後を継ぐ兄たちにあるから。

私にとっての最大の救いは、父が私をいわゆる政略結婚の道具として見ていないこと。

それが、娘の幸せを願ってのことなのか、或いは“使えない”という判断からなのか、その辺の真意はまったくわからないけれど。

そんなこんなの白石家の状況。

彼はひとしきり話を聞いたあと、思いがけないことを言った。

「今日、僕が挨拶するのはどう?」

「……え?」

あまりの衝撃に、お箸で上手に摘んでいたミニトマトを、ころりとお皿に落としてしまった。

「僕は気楽な独り暮らしだけど、瑞樹はご家族と暮らしているわけだし。もし、きちんとご挨拶することで、瑞樹が楽になることがあるなら」
< 25 / 32 >

この作品をシェア

pagetop