貴方と奏でる夜想曲 貴女に奏でる小夜曲
そんなこんなで、今日が初回の練習日。

「目のほうはすっかりいいみたいだね」

クロカワの見立てどおりよくなって、今日は3日ぶりにコンタクトができた。

「ちゃんと目薬さして眼鏡ですごしたもん」

「えらいえらい」

そのニコニコ笑顔は、黒川先生として? それとも……って、目の病気に詳しいお友達のクロカワだったっけ。

「会社の人たちの反応がおもしろかったよ」

「どういうこと?」

「会社ではずっとコンタクトだったから。印象がずいぶん変わるねって。まあ、あのがっちがちの黒縁眼鏡だしね」

「かわいいって言われた?」

「はあ?」

(なぜ、そうなる……?)

「眼鏡のシライシ、かわいいじゃない。コンタクトのときは美人って感じだけど」

(なっ……!? さらっと何言ってんだか)

「そんなこと言うの、クロカワだけだよ……」

「あらら。会社の皆さん、視力大丈夫そう?」

おどけて心配そうな顔をするクロカワ。

(大丈夫じゃないのは、会社の人の視力じゃなくて、私の気持ち……なんだけどね?)

クロカワの家に来るのは、酔いつぶれてご厄介になったあの日以来。

(なんか、やっぱり緊張する)

一晩泊めてもらって、ちゃっかり朝食までご馳走になっておいてなんだけど。

「おじゃましますっ」

「まあまあ、気楽にどうぞ」

「そう言われても……」

「“お泊り”したことのある家でしょうに」

(なっ……もう!クロカワめ!)

「言い方!」

「はいはい、ごめんごめん」

クロカワは、なんだかご機嫌で楽しそう。

私だって、今日がずっと楽しみだった。

(けど、気楽になんてとても……)

「僕、買ってきたものを冷蔵庫にしまっちゃうね」

「あ、はい」

私はやっぱり困って、雛鳥か幼子のようにクロカワのあとをトコトコついて行った。

「シライシは苦手な食べ物とかある? アレルギーはないって前に言っていたけど」

「ないよ、苦手な食べ物」

「ならよかった。お昼、食べて行くでしょ? たいしたものは作れないけど」

「クロカワの手料理!」

「あまり期待しないように。ほら、シライシさえよければ、午後も続けて練習してもいいしさ」

「やった!嬉しい!」

一緒に練習、一緒にお昼ご飯、いっぱい一緒にいられるのが素直に嬉しい。

(早く弾きたい!クロカワと一緒に!いっぱい弾きたい!)

デュオの話をOKするとすぐ、楽譜のPDFと参考演奏のデータが共有された。

それらはすべて、編曲も打ち込みによる参考演奏の作成も西岡先生の仕事で、凄いのなんのって。

なんでも、クロカワが白状したところによると、はなから私を当てにして、少し前から既に作業を進めていたのだとか。

まったく、クロカワも策士というか、とんだ博打うちというか……。

「どうしようか? お茶でも飲んで落ち着こうか? それとも……」

「すぐ弾きたい! その、クロカワさえよければ、だけど……」

「もちろん。いいに決まってるじゃない」

(うぅ、笑顔が眩しくて、尊いよ!)

ほんとう、真秀の披露宴で初めて見たときの印象が、今となっては嘘みたい。

(こんなにあったかくて、優しいのに)

「そうだ、練習はどこでしようか?」

「うん? まえにビオラを聞かせてくれたお部屋じゃないの?」

「グランドピアノがよければそちらで。あと、リビングの隣の部屋にもピアノがあって。そっちはまた傾向の違うピアノだよ。アップライトだけど」

防音室に立派なグランドピアノがあるのに、それとは別にもう1台ピアノが???
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