百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
百十一は思う。驚異的に規格外だと。
システム部の飲み会は大衆系がお好みらしい。
お座敷で姿勢を正し、ビールグラスを湯呑みのように持つ私はこういう場に慣れておらず。それが悟られたのか、糸藤課長に笑われてしまった。
「今日は任意の飲み会なんだからさ! そんな固くなんないでよ!」
「すみません。私の父親が厳格でしたから、」
「へえ? じゃあ今回の婚約破棄の件でも、色々言われたとか?」
そこまで言って、糸藤課長があわてて口元を抑える。「まずった」と日本酒をグラスに注ぎ入れ、一気に飲み干した。アルコール25%を直接喉に入れても人は生きていられることを知った。
「ごめん越名さん! 変なこと言った、」
「大丈夫だよ糸藤ちゃん。こいつが浮気された側だから。きっと親からは『別れて正解』とか言われてるだろ。な?」
私に同意を求める彼を見上げれば、いつもの眼鏡はない。眼鏡の中は驚くほどパーツひとつひとつの作りがよい。それなのに、美形というカテゴリよりも悪人というカテゴリの方がお似合いなのだからなんて損な人。
そうではなくって。なぜ私の隣に座っているのか記憶がない。気がつけばそう、隣にいらっしゃった。
「え? 俺の顔、なんかついてる? カッコよさが板についてる?」
「眼鏡じゃないんですね。」
「あれは画面用のブルーライトカットだから。俺の視力、マサイ族並。」
「マサイ族の視力は3.0以上だそうです。」
「俺の視力が驚異的だから越名が浮気されたのも見破れたんだわ。」
デリカシーのない発言に笑顔で返す。周りが緊張感のある面持ちで私たちから目を反らした。
膝を立てて座る百十一さんの言葉には、悪意があるのかないのか。この人にデリカシーを求めるより、おサルにお酌を覚えさせるほうが簡単そう。
でも今日の研修時の質問だって、どう考えても私を困らせようとしていたとしか思えない。私があなたに何したというの?
四方八方に見つめられて地引網にかかった私は、自分の婚約破棄の事実を小説のように語った。
流れるような文章に自分でも驚きだったし、それこそ音声コンテンツで聞いているような感覚にもなった。
「彼とは5年間お付き合いをし4年間同棲をしていました。その間、家賃は私が9割を、生活費も9.5割を支払っていました。彼はスーパーの契約社員で手取りも少なかったから仕方がなかったのかもしれません。」
「…………」
「彼がようやく正社員に登用された暁にプロポーズをされました。でもそれは、ただ私がしつこく正社員になることを迫っていただけなのかもしれません。午後休をもらって帰った日に、知らない女性を家に連れ込んでいたのですから。」
隣で禁煙パイポを吸う百十一さんが、深く長ったらしいため息を吐く。
「それで、修羅場になって別れたと。」
「修羅場かどうかは分かりませんが、すぐに慰謝料を請求しました。」
「……は? 慰謝料?」
「はい。どうしても金銭に関して歯がゆい面がありましたので。」
「まあ、だろうなあ。9割以上越名が負担してたんだもんなあ。」
「ですが、先ほどの百十一さんの『役職はいらない』発言を聞いて、少し反省いたしました。」
「あそう。今度はなに言い出すの?」