百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。

でもシステム部と飲みに行った前例を出されたら断りにくい……。

「それじゃあ、一度だけなら、ぜひ。」

「ほんと? じゃあさあ、連絡先交換してもらってもいいかなあ。」

修多良さんが胸ポケットからスマホを取り出し、画面をタップする。ここまで一連の流れであるかのようにスムーズだった。

とても断れる雰囲気じゃないため、私も仕方なくジャケットからスマホを出す。

点灯させれば、いつものホーム画面があらわれる。    
   
 「うっわっ。画面が家族写真て。どんな思考してんだよ越名。」

失礼な言葉に振り返れば、百十一さんが私のスマホをのぞいている。

「なっ、勝手に見ないでください!」

「そんなもん見るわ。写真館で撮った家族写真とかやべえだろ。さすがに引くわ。」

「そ、そこまで言わなくたって、」

「いい年してマザコン? ああファザコンってやつ? 厳しい父親だって言ってたもんなあ。」  

「…………」 

「パパに見られてないと仕事もできないって?」 
 
ひどい……。ひどすぎる。

私にとっては辛辣な言葉だった。

私のうつむき加減を察したのか、修多良さんが百十一さんを止めてくれる。

「百十一。いちいち人のプライバシーに口出すなよ。」
  
「だってさあ、こんなん戦後の画像じゃん。」

「戦後にスマホもデジタル画像もないっての。子供との写真をトップ画面にしてる人だってたくさんいるし、」

「それは親の立場だろ? 子供が親との家族写真とかぜってー変わってるって。」
  
今すぐこの場を離れたくなった私は、連絡先を交換することもなくスマホをしまう。

頭を下げ、急ぎ足で人事部へと向かう。今は誰にも顔を見られたくない。うかつだった。痛いところを突かれた。

自分でもなにが“駄目”なのかなんて、すでに理解できていた。

色気がない? 真面目すぎる? 本当はもっと根本的な問題なのだ。
 
真っ暗な給湯室にさしかかったところで、急に手を引かれた。
 
もういやだ。私をこの人から解放して。   
     
「なに? なんでそんな泣きそうになってんの?」

「…………」    

「営業部との飲み会、マジでやめた方がいいよ。あいつら、越名をうまいこと持ち上げて人事評価上げようとしてるだけだし。」
 
「…………」
  
「戦略課には他の下心もってるやつもいるかもしんない。色気皆無とか言ったけど、そんなことねえって。」

そんなの、どうだっていい。私に下心だけで手を出してくる百十一さんに言われたって、なにも響かない。
 
「修多良との話、邪魔したこと怒ってんの? それとも俺が越名にエロいことしたから?」

「……がいます。」

「え?」

「ちがいます! 家族写真を馬鹿にされたことに怒ってるんです!!」

「……は? そっち?」

百十一さんが意表をつかれたような顔をする。

悔しくて、涙が流れた。

「お父さん、5年前に病気で死んだんです! 私は、いつもお父さんが満足できるほどのことをしてあげられなかったから! だから……後悔、してるんです」     

自分でなにをいっているのだろう。家族写真を馬鹿にされたことを怒っていたはずなのに。

つい、お父さんへの想いがあふれてしまう。

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