百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
繊細で適当な男はモテるというセオリー。
一度目のキスは、『ちょっと待って。』と引き止めるためのキス。
二度目のキスは、『ごめんね。』と謝るのためのキス。
そして三度目のキスは―――
「越名の舌、ぷにぷにだね。」
後頭部をつかまれて、長い舌をねじ込まれる。
「んぷ」
肉厚のある舌が喉奥までねじ込まれて、口内を丹念に舐め回された。探る舌先は足腰がくだけそうなほどやわらかい。
こんなに熱の込もったキス、何年ぶり?
息継ぎのタイミングを慈悲のように与える百十一さんのキスは、自分勝手なのに甘かった。
廊下の1カメ、エレベーター前の2カメの監視から逃れる位置とはいえ、1フロアしかないオフィス内で信じたがたい行為。
もし、もしも私が拒否しない場合、私も積極的にキスを受け入れているとみなされて、お互いに評価が下がり減給対象になる可能性が……!
これはまずい! むんぎゅ。
「いぃッ……?!!」
パンプスで百十一さんの足を踏み潰した。
給湯室から出て廊下を歩いている最中、百十一さんの足を踏んだパンプスまでもが余韻に浸っているようだった。
頭の中で内省を深める。
百十一さんて、あんなに甘いキスができる人だったの?!
ただの肉欲的な獰猛生物かと思ってみてきたのに。いつからだろう。ここ最近、私の内壁が崩れかけている気がする。
内壁って……。表現すら官能ぽくなっちゃっう。
背中が熱い。
よくよく考えれば熱いも甘いも、キス自体が半年ぶりといったところだろうか。意識しないはずがない。
しばらく人事部にある簡易冷蔵庫に背中をくっつけて冷やして、家に帰ればぬいぐるみを抱きしめて寝た。妙な気分になる。
それから嵐が過ぎ去ったかのように、百十一さんと顔を合わせない日が続いた。
寂しいなんて思ったらきっと負け。
「中長期計画によれば今年度より、新たにブランデイング動画を受注する方針が打診されているが、これまでの納品スピードが開拓課の案件獲得件数に追いついていないというのが現状だ。」
「やはりデザイナーとSEの人数を増やすべきでは、」
「人件費も踏まえ、今は現行通りでと本部より指示があった。一旦動画の受注は持ち越しということになるかと。」
人事部のミーティングで、直近半年の受注件数を表したグラフがタブレットに表示される。
受注件数は右斜め上に好成長。会社でこんなにも教科書通りの高成長を示したグラフを目にするのは初めてかもしれない。
うちは全国に支店が4店舗しかない中小企業だ。無名といってもいいほどに。大手ほどの信頼度がない中で、ここまで受注が伸びたのはなぜなのか。
営業部長が個々の自己目標設定を高くし、営業部開拓課のモチベーションを上げたのだろうか。
「そういえば、うちの会社に百十一君が入ってからだな。受注が伸びたの。」
「ええ!?」
思わず声が出てしまい、あわてて自分の口を抑える。課長が不思議そうに私を見た。