百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
「ええと……これから開拓課はミーティングなので、それが終わってからでも……」
「あ"ぁ"? それが俺に案件頼むやつの態度か?」
「す、すみません!! すぐに買ってきます!」
血相を変えて殿池さんがエレベーターへと走っていく。
まるで、不良にパンを買ってこいと頼まれたいじめられっこのよう。なんてこと。きっと10分以内に買って来なければ殿池さんはプールに沈められてしまう。
仕方なく殿池さんを追った。一緒にエレベーターに乗ったところで話しかける。
「あ、こ、越名さん! こんにちは!」
「殿池さん、こんにちは。あの、私もう課内ミーティングは終わったので、私が百十一さんに頼まれたもの買ってきますよ?」
「え、ええっ……で、でも……」
「殿池さん、これからミーティングですよね? さすがに遅れるとまずいでしょうから。」
「す、すみません。じゃあお願いしてもいいでしょうか。」
殿池さんから百十一さんのスマートウォッチを受け取る。
まだ、温かい。百十一さんの脈の温もりがそこに残っているみたいに。
「じゃあ僕戻りますんで! お願いします!」
再びエレベーターで上がっていった殿池さんを見送り、コンビニへと急いだ。
電子決済アプリの入ったスマートウォッチをそのまま他人に渡すなんて。不用心だし適当すぎるというのに。
私はその温もりを確かめるように、ベルトを握りしめた。
百十一さんに、さわられたいな。
そんなことを考えてコンビニに入れば、心より身体が先に百十一さんを求めていることに気付く。恥ずかしさを覚えて、かき消すようにレジのかごをつかんだ。
素直に会いたいです。
結局百十一さんはクライアントとのオンラインミーティングが入ったようで、コンビニで買ったものとスマートウォッチはデスクトップの前に置いておいた。
その日は会えないまま仕事を終えた。
駅までの帰り道。とんでもないものを目にする。
私の目の前を、修多良さんと知らない女性が歩いていた。のだけれど。
駅まで来たところで、女性が修多良さんにキスしようとしたのだ。まださっき会社を退社したであろうこの距離で。こんな人通りの多い場所で、なんて積極的な!
でも修多良さんはキスを上手くかわし、女性をあしらった。
「あのねえ。ここ、俺の会社の人間も使う駅なの。」
「知ってるわよそんなこと。」
「君、こないだは百十一とキスしてなかった? 百十一に見られてもいいの?」
「へえ〜私の心配してくれるの?」
「悪いけど俺、穴兄弟とかそういうのは生理的に無理なんだよ。」
細目の修多良さんが、あからさまに嫌そうな顔で女性に言った。でも女性は全く気にしていないよう。私には到底考えにも及ばないすごい世界が広がっている。
というよりも、百十一さんの名前が出てきてエンディングまで拝まなければ私の気が済まなくなってしまう! き、キスがなんですって?!
「百十一君、フレンドリーだしいい顔してるんだけどね。女性の扱いが雑なのよ。」
「で、補欠の俺が選ばれたと?」
「修多良君は紳士でしょう? きっと私の扱いも上手なはず。」
あの女性、どこかで見たことのある気が……。
百十一さんの彼女、なのだろうか?
彼女ではないにしろ、あんなに綺麗な女性とキスまでする仲ならきっと勘違いするはず。自分のこと、好きなんじゃないかって。真木先輩がいい例だ。