百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
修多良さんが口角をつり上げ、彼女を見る。なぜかわざとらしい大きな声で言った。
「ああ、かわいそうだなあ百十一〜。吉井田さんのことけっこう気に入ってるっていってたのになあ。」
「ほんと? でも彼、ご飯は牛丼屋か立ち食いそばしか連れてってくれなかったのよ?」
「そうやって男心をもてあそぶ女、俺は好きじゃないかな。」
「はっきりいうのね修多良さんて。でも私は嫌いじゃない。」
吉井田さんていうのか、あの女性。
こうして遠目で見ると、よく目立っているのがわかる。背も高くてスタイルもよくて、韓国アイドルにいそうなほどに綺麗。
そっか。やっぱり百十一さん、色んな女性と関係持ってるんだ……。
「百十一から簡単に乗り換えるなんて俺のプライドが泣くよ?」
「ふふ。私をどうしても百十一君にあてがいたいの? でも私、ああいうデリカシーのない男嫌いなの。平気で香水臭いとかカラコンが虫みたいって言うんだもの。」
「ふうん。はっきりものをいう男は『嫌いじゃない』んじゃなかったの?」
「いじわる。」
再び修多良さんにキスをしようとする吉井田さん。修多良さんが片手で彼女の顔を鷲掴む。
キスをしておきながら、簡単にその人のことを嫌いになれちゃうの? じゃあ何のためにキスしたの?
理解に及ばない彼女の行動に、自分の言動も理解できなかった。
「あのっ! 百十一さん、きっと悲しむと思います!」
「……は? だれ?」
「百十一さんは確かに、人間として欠けているものがたくさんあります! でも私は、365日牛丼屋と立食いそばのルーティーンだって構いません!」
「……え? なにいってるの、あなた。」
「その、なんといいますか。百十一さんのこと、もてあそばないであげて下さい。」
つい口出しをしてしまい、冷静になる頃には喧騒が聞こえ始めて萎縮する。
吉井田さんという女性が呆気にとられている。修多良さんも一瞬驚いた顔をして、でもすぐに吹き出した。
「ぎゅ、牛丼と立ち食いそばのルーティーン! 笑」
修多良さんがお腹を抱えて笑い出したので、急に恥ずかしさが頂点に達する。そんなに笑うとこだった?
「こ、越名さん。後ろ後ろ!」
「え?」
修多良さんが指を差し、後ろを振り返る。
そこには眉をひそめる顔で立ちすくむ百十一さんがいた。なぜだろう、頬が赤い。
「おーい越名よ。」
「も、百十一さんっ!」
「こんな路頭でクソ恥ずいこと言ってんじゃねえわ。」
私よりも恥ずかしそうに後頭部を掻きむしっている。
修多良さんが「真面目に気付いてなかったんだ」と目尻の涙を拭く。待って待って。修多良さんはいつから気付いてたの?!
「あん、百十一君、いたんだ。」
「『いたんだ』、じゃねえわ。吉井田、俺のどこがデリカシーないって?」
「そうねえ。爪先から頭の中身?」
「あそう。」
パーマのかかった髪をなびかせる吉井田さんは、全くといっていいほど動じてない。それどころか百十一さんの腕に絡みついていた。
あれ……? もしかして私、なにか間違えた?
2人の親密そうなやり取りに余計なことをしてしまったと、頭の中身が真っ白になる。
「ごめんね百十一君、怒った?」
「いや? 糞怒った。」
「じゃあお詫びに牛丼奢ってあげる。」
「できれば“なる早”の立ち食いそばで。」
「オッケ〜。天ぷらサービスしたげる。」
「と。その前に、ちょっとタンマ。」
百十一さんが吉井田さんから腕を引きはがし、修多良さんと何やらヒソヒソ話を始める。
「おい修多良、なんで俺にいかせるよ? てめえがいけや。」
「いやあ。俺はああいうタイプ向いてないんで。」
「だからってなあ……。はあー。俺が落としたらマジで金取るからな?」
「いいよ。あれに取って喰われるよりはマシ。」
ポンポンと修多良さんの肩を叩いた百十一さん。さらに耳打ちで何かを伝えていた。もしかして……また賭けゲーム?
そしてようやく百十一さんが私の方を向く。ドキッとした。
咳払いをしながら、アスファルトを噛みしめるように一歩一歩近付いてくる。