百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
「越名、」
「す、すみません百十一さん。私、お二人が親密な仲だと気付かず、余計なことをして、」
「今日さ、越名が栄養剤とビーフジャーキーと干し芋と納豆巻買ってきてくれたんだろ? 殿池から聞いたよ。」
「え。あ、はい。私が殿池さんの代わりに行かせていただきました。」
ふう。と深呼吸を終えた百十一さんが、私の肩に手をかけて耳元でささやく。
「なんで、干し芋と納豆巻?」
「だ、だって、疲れが取れる上に栄養がありますし、」
「それと、俺が越名にキスしたのは思わせぶりとかじゃないから。」
「はい?」
「あとね。修多良にホイホイついて行かないように。お利口な越名は真っすぐおうちに帰って。いいな?」
甘い声が私の脳を刺激する。久々に見た百十一さんの顔、久々に聞いた声。肩に触った、大きな手の温もり。素直に嬉しくなる。
百十一さんが、私のジャケットのポケットに何かを入れる。自分でポケットに手をつっこみ確認すれば、スマートウォッチだ。
「ちょ……な、なんで私に渡すんですか??」
「それ、越名が持ってて。越名がちゃんと真っすぐ家に帰ったかどうか確認するから。」
「は、はい?!」
百十一さんがスマホを取り出し、私にマップ画面を見せてくる。
「俺のスマートウォッチとスマホ、連動してるの。今日は修多良から守ってやれそうにねえから。スマホで越名の帰路確認してやる。」
「やっ、だってこれ、貴重品ですよね?! 電子決済アプリ入ってましたよ?!」
「あ、そういやコンビニの支払い、俺のスマートウォッチで決済しなかったよね? 好きに使っていいから。」
「そんな、使えるわけがっ!」
「頼む。今日一日だけでいいから。越名が持ってて。ね?」
困ったように笑う口角が、なんとも愛しさを掻き立ててくる。大型犬というよりも、気まぐれに甘えてくるボス猫のよう。
やだな。いつも、そんなに甘い表情はしないくせに。今だって、結局は吉井田さんと2人でご飯食べに行くくせに……。
それでも断れず。妥協で頭を縦にふる。
「ん。越名もさ、今度立ち食いそばでもいいから一緒に食べに行ってね。」
「……え、」
「誘っても断られてばっかだし、俺。」
じゃあ、と手を振り、吉井田さんと改札の中に消えていく。
一緒に二郎系パスタを食した仲なのに。百十一さん、まだ私に断られると思ってるの? そんなの、立ち食いじゃないおそばだって全然行きますよ。
2人の背中を見送る。名残り惜しくならないよう、私も鞄からICカードを取り出す。修多良さんが私に言った。
「さっきね、百十一に『越名に酒だけは飲ませるな。ちゃんと真っすぐ家に帰らせろ。』って言われちゃったから、一緒にコーヒーでも飲みに行かない?」
「……え。えっと……」
「百十一と吉井田さんのこと、気にならない? あの2人がどこまでいってるか教えてあげようか?」
修多良さんが、詐欺師まがいの怪しい笑顔で私の目の前に人参をぶら下げてくる。うぅ……気にならないとはいえない。。
でも私は、ポケットの中で百十一さんに渡されたスマートウォッチを握りしめた。
「すみません。今日は“なる早”で帰ります。」
私のことはスマートウォッチと帰らせるのに、百十一さんは他の女性とご飯食べに行くんですね。大丈夫です。疎外感なんて感じていません。
見て下さい百十一さん。私、お利口ですよ?