百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
真木は思う。こうでもしないと、越名には伝わらない。
「越名って正義感強い割に人から敬遠されがちだよね。」
百十一さんにスマートウォッチを返却してからというもの、いえ、キスされて以来といった方が正しいのかも。百十一さんは私にセクハラをしてこなくなった。
キスを意識しているのは、私だけ? 百十一さんには吉井田さんという女性がいるようだし、きっと彼女との親密な距離で事足りているのだろう。
私は昨晩、スマホで検索した事案から結果論を見出してしまったのだ。
『心の平穏を取り戻すには、セックスが一番のビタミン剤!』
少子化脱却によるマーケ戦略とも取れそうな結果論が、記事の最下部にデカデカと記されていたのだ。
そっか。私、欲求不満なんだ。心の寂しさよりも身体の寂しさを埋めたがっている。触られて、温もりを感じて、慰めてもらいたいという気持ちが強いのだろう。
「ねえ越名、聞いてる?」
「あ、すみません。」
「なんかぼーっとしてない? G行為のしすぎで寝不足?」
「私、人事査定の仕事に就くよりもずっと前から敬遠されがちですので。返す言葉もありませんでした。」
「『正義感強い』って立派な褒め言葉じゃん。」
「でも『敬遠されがち』で奈落の底に突き落とされています。」
「あながち悪い言葉でもねえよ? 少なくとも俺にとっては好都合だし。」
「そうなんですか?」
今日はたまたま。同じコンベンションホールにて、百十一さんと別々のイベントに参加することになっている。
百十一さんは企画展覧会の講演会に出席。私は研修会に出席。時間も近いため、こうして百十一さんの車で送ってもらっているのだ。
「敬遠されないためにも、こうして社外研修で人脈を作ろうとしているわけですし、」
「越名って冗談通じなさそうなオーラが漂ってるもんね。」
「百十一さんはクライアント主催の講演会で喋ってほしいって言われてるんですよね。すごいじゃないですか。」
「俺? 個人には嫌われるのに企業には好かれるの。」
「レバレッジが高くていいと思います。」
「一人の女に依存するよりハーレム築いた方が手っ取り早いわ。」
「……」
百十一さんはフリーランスの時よりも、着実にキャリアアップしていっているのだそう。どうやら戦略課との相性がいいらしい。
「と、コンベンションホールの駐車場って地下でいいの?」
「待って下さい。今確認します。」
スマホを点灯させ、画面を開く。
すると昨晩からずっと読んでいた記事が現れた。ちょうど最下部の文言、『セックスが一番のビタミン剤』が画面全体に映し出されている。あわてて消した。
「駐車場どこだって?」
「あっ、はい! ええと、地下で大丈夫みたいです。」
「あそう。」
暗い地下駐車場の坂を降りる時、ぐっとシフトレバーを握る百十一さんの手に目がいく。
肌の色味が男らしい。手だけで百十一さんの身体の大きさが読み取れてしまう。ああ、今になってこの手に色気を感じるなんて。
「帰りはどうする?」
「多分私の方が終わるの遅いですし、一人で帰りますね。」
「わかった。俺もクライアント絡みでどうなるかわかんねえし。気をつけて帰れよ?」
「はい。私もキャリアアップに繋げられるよう、研修頑張ります。」
「相変わらず真面目だな〜」