百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
悲しい感情が全くないわけじゃない。怒鳴りつけたい気持ちはあった。
でもお金目当てで騙されていると思えば、怒鳴る必要もないし、いちいち感情を爆発させて問い詰める必要もない。
そんなの、ただ疲れるだけ。
相手の不貞行為で自分の体力が奪われることに、パフォーマンスの悪さを感じるばかりなのだ。
ちなみに弁護士には連絡していない。私の荷物を引き取るため、代行引取業者には連絡した。
ごめんなさい。お父さん――――
――――「ここのところ遅刻が続いているようですが、どういった理由かお聞かせ願えますか?」
「は、はい。実は腎臓に病気を抱えてしまいまして。病院に行くために午後から出勤しています。」
「それでしたら午後から出社という形で、フレックス制を利用してみるのも手じゃないでしょうか。」
「は、はい。そうですね。そうします。」
なぜ開拓課の課長がこんなにも怯えているの?
もう彼は45才、私より地位も人生経験も上だというのに。
私はマーケティング会社 人事部の内部監査を担当しており、半期に一度、こうして社員一人一人に面談をし、査定を行っている。
もし社内でなにかしらの不正やコンプラ違反、不貞行為があれば、当然評価は下がり減給は免れない。
そのため、社内の人間は私を見るとこうして怯える習性があるのだ。
今日の面談は……あと一人。
会議室の隅をパーテーションで仕切っているため、休息時間と称し一旦伸びをする。
自然とあくびが出てしまった。
「ふうん、人事査定の越名様でも大口あけることがあるんすね〜。」
「す、すみません! 失礼しました!」
「いやあ、ある意味絶景だったわ。いいオカズになりそう。」
シュバッと立ち上がり、スーツの襟を整える。
目の前で頭を掻きむしる彼が、「ウケる」とよく分からないことを言った。その大きな身体が気だるそうに椅子へと落ちる。
「ええと。あなたは確か、デザイナーの、」
「そう。まだ今年から入ったばっか。Webデザイン担当の百十一って言いまーす。」
「百十一、亥則さん。」
「そう。珍妙でいて古風でしょ、俺の外見に似合わず。」
「い、いいえ。そんなことは、」
「じゃー始めよっか。人事査定面談。」
「はい! よろしくお願いします。」
私が人事査定する側だというのに。なぜこの人が私を仕切っているのかしら。
先程の課長とは私に対する態度が雲泥の差。
センター分けの刈り上げショートに黒い髪、丸みのある多角形フレームの眼鏡。
そしてチェックのズボンに大きめのTシャツ。ジャケットすら羽織っていない。社会人にしてはさすがにラフすぎる。
「ねえ越名さん、婚約者と別れたってほんと? なんつって。」
外部とのやり取りはない、デザイナーらしい外見といえばそうだが、どちらかというとチャラチャラしているといった方が正しい。
さっき私を落とすだのなんだのと、賭けゲームを提案していた人物だ。