百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
私はこういった軽薄な、社会のマナーも平気で無視するヤクザの手下のような人間が苦手だ。
緊張してはいけない。私が面談をする側。小さく深呼吸をし、笑顔で彼を見つめる。
「百十一さんはWebデザイナーということでどの部署にも所属していませんが、お一人で仕事をこなすのもなにかと苦労があるかと思います。」
「そうね。」
「営業部の戦略課とのやり取りが多いと思いますが、お一人で不便を感じることなどはありませんか?」
「そうね。特にないね。」
「基本的には戦略課から提案されたデザインを作成するということでよろしいんでしょうか?」
「そうね。」
「例えば、百十一さんが作成したデザインを差し戻されたりして困ることとかはないですか?」
「そうね。特には。」
片脚を片膝に乗せ、ズボンのポケットに手をつっこむ百十一さん。社内の女性陣にやたらと声をかけられているらしい。
こういった非道徳性を感じる、浅はかな男性がモテる理由が私にはまるで分からない。世の中の女性陣たちの頭の中身をのぞいてみたいもの。
のぞいてみればきっと、自分の“駄目”さが理解できるかもしれない。
『そんなんだから駄目なんだよ。』
自分のなにが駄目だったのか、あれからずっと考えている。
「就業時間も守られているようですし、特に問題はありませんね。では百十一さん、ありがとうございました。これで終わりになります。」
座ったまま頭を下げて、半ば強引に面談を終わらせようとする。
百十一さんが椅子を乱暴に押して立ち上がった。
「って、就業時間さえ守ってればお利口なのかよ。どんなハードルの低さだよ、越名和果。」
「へっ、」
「じゃあ、ここからは俺の番な?」
なぜか私の後ろに回り込んでくる百十一さん。私の両肩に手を置き、後ろから顔を覗き込んできた。
ち……ちかいっ。今にも唇が触れてしまいそうな距離感。なにこの人。人事評価を下げたいの?!
キュっと息を止めた。
「今度さ、俺と一緒に飲みに……いや、まずはご飯食べに行かない?」
背筋が凍りつく。
わざわざ私の肩に触れ、人事査定に響きそうなギリギリのラインを攻めてくるこの男。ただ何よりも顔面が近すぎて鳥肌が立つ。
私とは真逆の世界にいる人。きっと一生相容れることはない。世界でたった2人になったとしても結ばれることなく来世に逝きたい。
「ありがとうございます。ですがそのような接待をしていただかなくても大丈夫ですよ。百十一さんの人事評価は今までと変わりませんから。これからもお仕事に励んで下さいね。」
彼のセクシュアルハラスメントはなかったものとします。もしここで彼の評価を下げれば報復が怖いですから。
とにかく立ち上がって、『さようなら』と笑顔でお辞儀をする。
一刻も早くと、先にパーテーションを出たところで中から感嘆の声が上がった。
「マジかよ⋯⋯さすが、人事査定の女だわ……」
え? 今の人事査定面談は、『さすが』だったの?
少しだけ嬉しくなる。今の無駄のない面談は“吉”と出たのだ。
それよりも疲れた。百十一さんの半端ない威圧感に吐きそうだった!
どっと肩の荷が下りる。仕事で褒められるのはもちろん嬉しい。ヤクザの手下だとしても褒めてもらえるのは嬉しい、けれど。
30手前で女として“駄目”出しされた事実は、どんな褒め言葉でも塗り替えられないのだ。