百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
車を降りて、二人でコンベンションホールに入って行く。私は3階、百十一さんは4階のため、私が先にエレベーターを降りた。

「越名、」

「はい、なんでしょうか。」

エレベーターを降りる手前で手首を引かれる。ドッと心臓が揺れ動く。

「セックスは身体にも肌にもメンタルにもいいよ。二人でシたくなったら俺がデリバリーされてやるから。」

「……」
     
「必要なら電話して。お問い合わせは、『よいモトイチ』へ。」

「…………」 
 
手首を離されて、にっこり笑顔でバイバイをする百十一さん。エレベーターの扉が閉まっていく。
 
理解するのに数秒かかった。

やり場のない羞恥を逃すため、一旦化粧室に入る。

スマホの画面、見られてたんだ〜〜っ!
   
バカバカバカバカ、和果の馬鹿!! なんでちゃんと画面消しておかないの?!

これじゃあどっちがどっちにセクハラしているかわからない。


 なんとか気を取り直して会場内に入る。

グループワークを行うのか、テーブルが数カ所に分かれている。パンフレットを取り、適当な席についた。

ふと会場の上を見れば、上半分の壁がガラス張りになっている。4階のフロアから、3階のこの会場がのぞける作りになっている。

パンフレットにはグループワークに関する事項が記されている。グループワークか。私が最も苦手とする研修。上から百十一さんに見られたら恥ずかしい。 
  
今日はロジカルシンキングという、業務の円滑化を図るため、必要な論理的思考を身につけるための研修会だ。
  
筋道の通った説明を求められる人事社員として、他部署とのコミュニケーションスキルを養うための研修でもある。私には一番必要なスキルかもしれない。

とはいえ。私が座ったテーブルにはまだ私しか座っていない。あきらかに避けられているのがわかる。

「うっわ。美人だけどあそこには座れないな〜。」
「なんか言う事全て論破されそう。」   
「完璧主義オーラが強い。」
「高嶺の花ってよりも、高台の壁って感じだな。」

しょぼーん。外見だけでこの仕打ち。これじゃあコミュニケーションも何もあったものじゃない。一人寂しく研修が終わってしまう。
 
それならこちらから声をかけにいかなくては。よし! 意気込んで、席を立とうとした時だった。
 
 「あれ、越名?」

隣に座った人物を見れば、なんと真木先輩だ。

「せ、先輩! よかった〜。」

「え、なになに? そんなにこの研修って緊張するやつだった?」

「先輩が来てくれて本当によかった! 嬉しいです!」

「う、うん。僕も、越名に会えて嬉しいよ。」

すぐに視線を外した先輩。鞄から名刺をテーブルに出し、パンフレットの中身を確認している。

先輩がいてくれてよかった。グループワークで先輩と一緒なら安心だ。

「行政書士もこういった研修会に参加されるんですね。」

「研修会ばっかだよ。人脈作りが一番大事な仕事だし。越名は? HRBP(経営戦略)目指してるとか?」

「ええと、今回は会社からの提案ですけど。いずれは経営側の仕事も視野にいれていきたいとは思っています。」

「そうか。越名ならきっとなれるよ。」    

つい愛想笑いを浮かべてしまう。

先輩が座った途端、テーブルすぐに埋め尽くされた。男性も女性も、席に鞄を置くなり、率先して先輩に名刺を渡しに来ている。
 
「へえ! 行政書士の先生でしたか〜! 今日はどうぞお手柔らかにお願いします。」
「いえそんな。こちらこそ、よろしくお願いします。」  

先輩が色々なビジネスマンと名刺交換を始める。私、隣にいるのにな。目立たなさすぎてなんとも萎縮してしまう。
 
私は冗談も通じないだろうし、きっと全身から話しかけにくいオーラがあふれ出ているのだろう。
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