百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
「ごめん越名。ちょっと疲れてて。変なこと言った。」

「……いえ。」

「お詫びに、今度ディナーでもおごらせてよ。」

「……い……。あの、はい。ありがとうございます。」

なんだろう。私今、断ろうと思ったはずなのに。        

ここで断ったら、また先輩がおかしくなりそうで。怖くて断れなかった―――。

さっきのは、“怒った”という解釈でいいのだろうか。

 
 それからは何事もなかったかのように、真木先輩はいつもの穏やかで優しい真木先輩だった。
 
ビル近くの月極駐車場について、今になって私の心臓がドクドク音を鳴らし始める。もしかして私、相当怖かったのかな。

「越名。さっきはほんとごめん! ちょっと、仕事の忙しさもあって混乱してて。」

駐車場にある自販機でペットボトルのカフェオレを買ってくれる。その表情は困ったように眉を下げて、温和そのものだった。

少しだけ胸をなでおろし、ペットボトルを受け取る。

「いえ。あの、本当にその。私、お父さんの言いつけを守ることに精一杯だったので。もし、先輩を傷つけていたのなら、本当にごめんなさい。」

「……お父さん、亡くなられたんだよね?」

「はい。厳しい人だったんですが、やはりいないと寂しいもので……」

「そうか、越名も色々大変な想いをしてきたんだね。うちもそれなりに厳しかったから、越名の気持ち、よくわかるよ。」
   
ふわりと口角の上がる先輩は、やっぱり優しさに満ちていた。私の頭をそっと撫でて、顔をのぞきこまれる。

「がんばったね。いつも一生懸命な越名を見るのが僕の生きがいだった――。」

一瞬、冷たいものが背筋を伝う感触を覚えて、思わず後ずさってしまう。

でも先輩は、優しい笑顔で私を見ていた。

「思わせぶりとか。マジやめた方がいいよ。」       
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