百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。

夜更けのダウンタイム

 出勤30分前にきっかり起床。

百十一は朝一にプロテインを飲む。

「今日はナチュラルバナナにしよ。」 

飯作るなんて苦行はしないし、パンなんて食ってもあっという間に消化されて5分と持たない。

プロテインをシェイカーでシェイクして飲むくらいの仕事には慣れた。通販で買った色んな種類のプロテインが段ボールに入ったままだ。  
 
掃除は2週間に1度清掃業者を呼んでいる。前は月1だったけど、胞子飛ばす生モンとか、炊飯器の中が液状化してるとか、バイオ研究所並にやべえことになるからスパンを縮めた。

着替えはドラム式洗濯機の中から適当にとったやつを着る。と、
 
「やべえ。この服縮んだ。」 

洗濯機は気まぐれに服の汚れを落とし、時として服の存在意義を失くす。哲学じゃない、事実だ。

その癖なんでも洗濯機に放り込む俺の習性は、なんでも洗いたがるアライグマが憑依しているとしか思えない。

ネットで適当に買った、まだ透明の袋に入ったままの新品の服を取り出し、指の力だけで開封する。ゴミが床に落ちていく。

面倒だけど歯みがきだけしてくか。誰かさんに臭いを間接的に指摘されて以来、この俺様は臭いに敏感になった。
 
今日も俺は自分ファーストで生きている。


 「あん百十一君、おはよ。」

「はよ吉井田(よしいだ)。」

「お肌がかさついてる。ビタミンCあげよっか?」

「いらねえ。俺をサプリ呪縛に巻き込むな。」

オフィスビルの1階で、吉井田と鉢合わせた。  
  
吉井田のどか31才、人材派遣会社の人材コーディネーター主任。このテナントビルの11階に会社がある。

キラキラしたベージュのネイルに、うねりの激しい茶髪。ノースリーブのシャツに白いパンツ。顔は若干エキゾチック。

「それより、Webデザイナーの派遣についてなんだけど、」
  
エレベーターに乗って、これまで吉井田に相談してきた内容を自然と会話に乗せる。

「専門学生はどう? 専門学校への求人ならすぐ見つかるわよ。」

「学生? 学業と両立できんの?」 
   
「課題が多い月の出社は難しいけど、リモートでもいいならかなりコスト抑えられるわよ?」

「ちょっと待て。学生は全く考えてなかった。つまりバイト並の人件費でいいってこと?」

「ええ。必要な時だけ呼べばいいじゃない?」

なるほど。社会人を想像してたからフルで雇わないと駄目かと思ってたけど。学生なら週2、3でもアリってことか。

フリーランス時代、発注に追われて納品が追いつかなくなり自爆したのはまだ去年のこと。だから企業に就職したってのに。今、うちの会社も同じような状況に陥ってる。俺の人生やり直し転生か。
 
支部長に訴えても、『外注費削減のため百十一君を雇ったのに、今更専門技術を持つ人間をもう一人雇うのは厳しい』と突き返された。 
 
修多良と飲みの席で、『試しに11階の派遣会社に相談してみよう』という話になり、吉井田を捕まえたってわけだ。
 
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