百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
 Webデザイナーにコストパフォーマンスを求めようと、人材コーディネーター主任である吉井田に取り入ろうとしたのが始まりだった。のだが。

吉井田ときたら見た目通りの肉食獣で、身体から取り込んで既成事実を作って結婚に結びつけようとしてきやがる。捕食されるのはまっぴらごめんだ。

「確かに悪い話じゃない。学生の技術力ってのがどの程度か気になるが。」 

「スキル重視なら、多少のコミュ力不足は問題視しない?」

「ん〜、意思疎通図れりゃ問題ないっしょ。じゃあ今日、早速支部長に話してみっかな。」  

「ねえ。タダで、とは言わないわよね? 個人的なお礼がなきゃイレギュラーな求人なんて出さないわよ?」

「プロテイン1キロは?」

「お礼がイレギュラーすぎるわ。言われた通り、コストを抑えた、パフォーマンスの高い専門職の人材を探してあげるって言ってるのよ?」

主任らしい役職の立ち位置から、俺をギロリと睨んできやがる吉井田。
  
こいつとバーで飲んだ日に酔ってふざけてキスされて以来、俺はこいつにいいように弄ばれている。
  
俺のことは『嫌い』と言っておきながら、キスするわ、立食いそば奢るわ、見返りを求めるわ。

しかもこいつには今、本気で好きなやつがいる。
 
「じゃあこうしよう。今度、越名と俺と修多良と吉井田で飲みに行こう。」

「越名って誰? ああぁ〜、こないだの子?」
 
「うん。」

「まあいいわよ。あれなら私の勝ち確だし。」 

「いってろ。」

「嘘よ。修多良君、ああいう真面目そうな子の方が好きそうなんだもん。」 

「……」

「私と2人じゃ絶対に飲んでくれないけど。きっとあの子がいれば来てくれるわ。」

うつむいて、不貞腐れる吉井田のどか31才。サプリは毎日節分の豆のように年の数だけ食ってます。

レアな顔だな。肉食獣でもガチ恋してるだけで悪くねえと思える。

昔、修多良が吉井田に傘を貸したことがあったらしい。たったそれだけで恋しちゃったんだとか。
 
でもぶっちゃけ修多良(しゅたら)祭里(まつり)は厳しいよ。母親が派手な女で、夜遊びが激しかったせいか、修多良は寂しい幼少期を過ごしている。前に修多良がそう話してくれた。俺だってやつを堕とせる自信はない。 


 6階に着いて、エレベーターを降りる。

その時、知らない男とすれ違った。
 
「おはようございます。」

「……はよございます。」   
 
誰? ああ、上の階の人? ふうん。なんで6階にいんの?

吉井田はすでに知り合いなのか、うやうやしく挨拶をしている。

「おはようございます真木さん!」 

「おはようございます。ええと、」

「吉井田です。11階のシンコウエージェントに勤めてる吉井田のどかです。」 

「ああ、11階の、派遣会社の。」

「ええ。あ、今度もしよければ異業種交流会でもしませんか?」

おい吉井田。俺の前とえらく違うな。何重人格だよてめえ。
< 36 / 80 >

この作品をシェア

pagetop