百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
 社内に入れば、総務や人事は忙しなく働いている。
  
越名はいつも始業1時間前には出社してるらしい。あいつは修行僧か。

自然と越名を目で探せば、他の社員とすでにミーティング中のようだ。簡易パーテーションで区切った中から、越名の糞真面目な会話と透き通った声が聞こえてくる。

今日の昼、空いてるかな。

俺のスマートウォッチとスマホには、すでに越名の住所履歴が残っている。いきなり家に押しかけたらいいリアクションくれそうだけど、嫌われる可能性がでかい。

この俺が誘っても誘っても断られている。女なんて適当に誘えば絶対に釣れるもんだと思ってたのに。セクハラしないと話しかけるのも一苦労ってどういうこと?

嫌われるならいっそ突き放されるくらい嫌われた方がまだいい。まあ、付き合っても長く続くタイプじゃないしな俺。 

なんて。真面目に断られたら、ちょっと生きてけないかもしんない。

 
 「百十一! お前越名さんとどうなってんの? 先越されてんじゃないよこの色男!」

「は、はあ? なんだよいきなり。」

修多良に背中からのぞき込まれて、挨拶よりも先にそんなことを言ってきやがった。なんのことだか検討もつかず、椅子に座り、修多良の演説を聞く体勢に入る。

「なんの話だよ?」

「越名さんを堕とす話だよ? 『ぼちぼち』だの言ってたのはなんだったんだよ?」 
  
「いやあー……あれはまあ。そのうちっていうか、」

「そんなんだから9階の男に持ってかれんだよ! まあそりゃあ、本気で惚れられても困るっちゃ困るだろうけど。」

「あそう。ちょっと、俺にも分かるように要約して。」

普段細目の修多良が、薄目を開けて俺の耳元でささやいてくる。修多良の気持ち悪さにはもう慣れた。

「行政書士事務所の真木さん? 越名さんをランチに誘ってたよ。」

「はあ?」

「さっき、わざわざうちの会社の前まで来て越名さんを呼び出しててさあ。」

「いや。は? なんで??」

「なんか越名さんが『先輩』とか呼んでたけど、元々知り合いなのかなあの2人。」

いやいや、俺は知らんぞ。許さんぞお前。死んだお父さんにだって許されんぞ。俺の誘いは断る癖になに行政書士の誘いには乗ってんだよ?

真木? 俺にはない爽やかニュアンススタイルに溺れてんのかてめえ。って、そういやあの男、どこかで見覚えが……

椅子を両方向に半回転させて、記憶を呼び起こす。

「修多良ー、こないだのロジカルなんちゃら研修会の参加者一覧ってどっかで確認できたっけ?」

「一斉メールの添付で来てなかった?」

すぐにメールを開いて、総務からの一斉メールを確認する。ずっと未読だったメールが次々とグレーダウンしていく。

あ、あった。これだ。

個人名の記載はないが、参加者の企業名がざっと記されている。やっぱそうだ。“真木行政書士事務所”の名前がある。       
  
そういや越名、隣にいた男と仲よさげに喋ってたな。確かにあれは、さっきエレベーターの前で見た真木ってやつだ。

元々親密な知り合い? 越名が『先輩』って呼ぶほどの? 俺もちょっと呼ばれてえじゃん。

それにしては研修会であまりに越名を放置しすぎじゃなかったか? もし越名が後輩なら、後輩も紹介してやるってのが先輩の務めなんじゃねえの? あれはさすがに越名がかわいそうだろ。 
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