百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
「どうした百十一。なにそんな必死にメール見てんの? いつも平気で300件は溜める癖に。」

「いや。てか、今必死だった俺?」

「うん。必死に見えた。」

「マジか。ついに俺もメールを確認する男になったか。」

「“社会人”ってなんだろうね。」

笑いながら修多良が自分の部署に戻っていく。って、うっかり吉井田との飲みのお伺いを立てるのを忘れていた。

こりゃ、嫌われるのを恐れてる場合じゃねえなあ。
    
   
 昼は案の定、越名は外に出ていき、でもやたら長い昼飯を堪能してきたようで、あわてて帰ってきた。時間にきっちりしている越名がめずらしい。

そこまで心酔してるってこと?

まあいっか。めんどくせ。

ごちゃごちゃ考えるのは性に合わない。


𝒦


 19時、本当はもう少し早く仕事を終わらせるつもりだったのに。

お昼を2時間も取られたせいで、勤怠データの集計作業が予定通り終わらなかった。

真木先輩にランチを誘われて承諾したら、車でホテルのレストランに連れて行かれて帰るに帰れず。

私もはっきりと仕事があるから帰りたいって言えばいいのに。この間の研修から、自分の言いたいことがうまく言えなくなっている。

今日の先輩は普通の爽やかな先輩だったけれど、また帰りに先輩につかまると長引きそうだし。

素早くエレベーターに乗り込んで1階に行けば、ロビーで百十一さんと吉井田さんに会った。

仲睦まじく、談笑しながらエレベーターに乗り込んできて、私は会釈だけして駅までの道を急ぐ。


 百十一さんと吉井田さん、あれからうまくいっているのだろうか?

研修の時も何も言わないまま私が先に帰ってきちゃったし、あれ以来、百十一さんとは一言も話せていない。

そういえば、私、百十一さんのラインを知らない。

なんだか胸にぽっかり穴が空いた気分。名刺を取ってきてくれた時の嬉しかった心が嘘のよう。少しだけ寂しくなる。


 電車の中で、スマホのトップ画面を見つめる。両親の写真をバカにされて、つい百十一さんにあたってしまったけれど、世間的には本当にあり得ないことなのだろう。

景色とか、花とか、推しとか、ペットとか。世間一般の人たちは自分の癒しをトップ画面にしているよう。(ネット検索した)  

百十一さんに指摘されなければ気付きもしなかったこと。自分が人と違うことはわかっていても、具体的な部分までは把握できていなかった。

正二にも、これまで出会った人たちにも。他の人たちと私の何が違うのか、指摘されたことはなかったのだ。
  

 画面を見ていれば、ラインが入ってきた。

……真木先輩からだ。

〈今日はお昼長引かせてごめんね。もう帰った?〉   

帰っているところです。でも、どこか途中で会おうといわれるのを恐れて事実は送れず。

《今日はありがとうございました。もう帰りました。》
  
と返した。先輩、ごめんなさい。

駅を降りてしばらくすると、先輩からまたメッセージが入ってきた。

〈越名って確か会社から30分のところに住んでたっていってたよね? どのあたり?〉

どのあたりと聞かれても……。いわなきゃ駄目? こくりと喉が鳴る。歩きながら、そっと後ろを振り返る。

まさか先輩、うちに来たい、なんてことないよね?

今日は金曜日だし、来られるのはちょっと困ります。かといってそんなこと先輩にはいえない。

どうメッセージを返せばいいかわからず、既読をつけたまま、無視をすることにした。

寝ちゃってたってことにして、また今度返信しよう。それとも実家にいることにする? 
 
こんな風に嘘を考えるなんて、なんとも私らしくない。罪悪感もあるなか、他の代替案も考えて仮定法で掘り下げていく。もし実家にいることにしても地元が同じだし。
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