百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
急いで玄関のドアに鍵とチェーンをかける。

スマホが振動する。

〈もう寝ちゃった?〉

未読のまま、通知画面でメッセージを確認して、すぐに通知を消す。
 
〈まさかスルーしてないよね?〉

心臓が早鐘を鳴らす。

先輩、突然どうしたの?

ああ。あの時の、車内で怒っていたような先輩を彷彿とさせる。

こわい、また怒鳴られるのが怖い。なんだか急に怖くなり、今日は無理やりお酒でも飲んですぐに寝た方がいい。一刻も早く寝なきゃ寝なきゃ

心臓が鷲掴まれる想いに駆られる


 ――――ピンポーン

「…………」           
 
嘘。誰―――?

木の置き時計は、20時を差している。金曜日なのにやたらと静かで、自分の心音だけが響いている気がする。  

さらにアパートのインターホンが鳴りこだまする。

ピンポーンピンポーン 
 
どうしよう。。急いで引っ越したから、オートロックのないアパートにしてしまったのだ。

怖くなり、布団にもぐり込んだ。そうだ、電気! カーテンから明かりが漏れてるだろうから、電気消さなきゃ!

急いで布団から出ると、シーツに足をひっかけてしまい、こたつに膝を打ちつけそうになる。

「キャアッッ」 

なんとか回避できたものの、私の声は部屋中に響いていた。今さら電気を消してもきっと意味がない。

ドンドンドンドンドンドンっと何度もドアを叩く音が聞こえる。

全身が凍りつく。どんな感情がどこにあるかもわからない。密着しているはずの臓器がバラバラになっているのか、体内の音が聞こえない。脳が怯えて心臓が止まりかけている。

 『越名?! 大丈夫?! どうした?! なんかあった!?!』

―――百十一さんの声だ。

死に物狂いで、四つん這いのまま、這って玄関まで急ぐ。

『ケガしたのか?! 大丈夫か!!』

「も、も……いち、さ……」 

ドアによじ登って、玄関の鍵とチェーンを開ける。

百十一さん、百十一さん―――

ドアを開けると、そこには。大きな身体で立ちすくみ、不安そうな顔をする百十一さんがいた。

「越名、大丈夫?! 転んだ?」
 
「い、いえ……」

「さっき叫び声聞こえたけど! どっか打った?!」

「い、っ」  

「ちょぉーっと! 待て待て待て。」
 
「っ――」  

「わかった! ってよくわからんけど。まあとりあえず、泣くなよ。」

安心からか、涙腺がゆるみ、あっという間に崩壊する。

どこかから車の走る音が聞こえる。誰かの笑い声が夜に鳴く。百十一さんは困ったように泣いている私を、ただ見つめてくる。

「百十一さん、だ、だっこ……」 
 
「は?」

「だ、だっこして、くら、さい、」

「…………」 

「お、ねがい、だっこ、して……?」

途切れ途切れの声が、自分の耳に情けなく響く。

ただ見てないで、お願いだから抱きしめて下さい、百十一さん。

「越名、」

百十一さんが、私の肩に触れ、優しく抱きしめてくれる。

「もっと、もっとぎゅって、」

「こう?」

「もっと、もっとつよく、」
 
「越名。これ以上はさ、」

「それなら、キスして?」
 
百十一さんの胸に手を置き、下から百十一さんの瞳を見つめる。

喉元が隆起するのを見て、もうなんでもいいと思った。

その唇に、キスをした。

吸い付くように、もう一度キスを重ねて、首に手を回して温もりをねだった。

息を吐く獰猛な百十一さんが、優しく私の頬に問いかける。
  
「いいの? 止めらんないよ?」
 
「はい。止めないでください。」 
 
「敬語じゃない越名でもっかい言って?」

「と、止めないで。抱いて――」
  
スマートウォッチと帰らされたあの日。疎外感ではなく、吉井田さんへの嫉妬だと勘違いしそうになるほど悔しかった。

でも今は、百十一さんのスマートウォッチに履歴を刻めたのが私でよかったと思う。
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